第16話 月夜の逃走劇
静寂が包む車内で一人俺は外を見ていた。様々な人がホテルに入っていく。不倫なのだろうか、周りをキョロキョロと確認しているおじさんと若い女性。口や鼻にピアスをしている男とやたらと肌を露出している女性。オドオドとしながら一人で入っていく男性。そして、ワゴンからロングコートを羽織った女性が10分ほど後に入っていく。
--皆、欲望に塗れているな。
思い返すと俺は自由への渇望でいっぱいとなり、性欲、食欲、様々な他の欲求が薄れていた。
しばらく人々を観察していると、奴がホテルから戻ってきた。俺はこのままではもう二度と日の下に戻れない気がし、耐える事ができなかった。
「あの、何してたんですか」
関水「カラオケ。何か言いたいの?」
凍りついた眼差しが俺を刺している。また何も言えなくなってしまった。
その日から奴は週に2、3日はホテルに足を運んだ。毎回違う少女だった。
--こんな田舎でも、売春はあるんだな...
この時、俺自身、既に壊れていた。自分の行いに何も感じなかった。いや感じない様にしていたのかもしれない。
ホテルの駐車場から外をぼんやりと眺めていた。一つの疑問が浮かんでいた。
--関水の財源はどこだろう。
バイトしているとはいえ、週に2回は少女を買っている。バイトでは足りないはず。だがこれ以上は考えたくなかった。
ホテルの地下駐車場は妙に静かだった。こんなところに何時間もいるのって俺だけなんじゃないかと、静けさに浸っていた。
トントントントン
地下駐車場にけたたましい足音が響いた。その足音はこちらに近づいてきた。同時に俺は不安に駆られた。
バタン!
鬼の形相で関水は助手席に飛び乗った。
関水「早くだせ!」
叫ぶと同時に裏拳が顔面をとらえた。鈍痛が鼻を襲った。理解が追いつかぬまま、エンジンをかけ、アクセルを踏んだ。駐車場を後にすると、一台の車がベタ付きしてきた。ようやく理解が追いついた。
--美人局だ。このまま、捕まればよかったのに...
ブーーーン
アクセルペダルを踏み込む。追手も同じくスピードを上げてくる。
関水「おい、捕まったら、やばいぞ。絶対に回り込まれるな」
--なんだこいつ。いっそのこと、捕まった方が楽かな。
目の前にパチンコ店が見えた。
キッーーー
一気にハンドルを切る。車体が傾きながら駐車場に入った。追手も同様、駐車場に入ってくる。それは異様な光景だった。
その異様さに一部の客と店員が駐車場に出てきた。すると、追手の車はバツが悪かったのか、駐車場から出ていった。
--なんだ助かったのか?捕まればよかったのに...
安堵よりも残念さが勝った。
関水「弟子よ成長したな。あえて、人を呼ぶ作戦か。」
--また、アニメの様なセリフだな。中身は幼稚園児だな。
しばらくその場で過ごしたあと、大学寮に向かって車を発進させた。
車窓からいつものように月が見えた。月灯りはいつでも優しい。
こんな悪人も優しく包み込んでくれるなんて...
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