第13話 月灯りの逃走
自由が失われた生活に戻り数日が過ぎた。
関水「わかってるって、女なんて〜♪」
関水はドラマのクロサギにハマっているようだった。その歌声は、黒板に爪を立てて鳴らした音と同じくらいの不快感を与えてくる。
--なんで、今更クロサギなんだ?
関水「なぁ、マルチ商法を潰しに行かないか」
耳を疑った。わざわざ危険な所へ行く事が理解できなかった。
「危なくないですか?何でわざわざそんなことするんですか?」
関水「俺の作戦通りにいけば大丈夫。女ってヒーローに弱いじゃん。俺、ヒーローになりたいの。」
--つまり、女にモテたいのか。でも、発想は常人のそれとは違うんだな。
関水はニヤニヤしていた。目の前の男がただの小学生に見えた。
--竹田さんにフラれて、只でさえおかしかったのに、一段と狂ったか。
関水は自慢気に作戦を発表していった。
関水の作戦を整理するとこうだった。
1. 俺が騙されたフリして集会へ向かう。
2. 集会の様子を盗撮して、主催者が皆を騙している証拠を掴む。
3. 集会から抜け出し、関水が証拠を警察に届ける。
つまり、危険な所は俺がやるってことだった。
関水を心の底から軽蔑した。
そこから、実行するまではあっという間だった。関水からマルチの集会会場の場所を教えられ、俺は"山田紳助"という高校中退のニートになりすました。
翌日の夜、俺は一人車を走らせた。会場に到着し、足を踏み入れるとそこには普段接する事がないような人種が並んでいた。まるで映画で見る宗教団体の集会のようだった。
落ち着きなく辺りを見渡していると、金のチェーンネックレスを首に巻いた男が部屋に入ってきた。ドラマで見る成金男そのものだった。笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
--こんな世界、本当にあるんだ。
心臓がバクバクと鳴る。テーマパークのアトラクションに搭乗した時の高鳴り。期待感で胸がいっぱいだった。いつのまにか恐怖心を忘れていた。そして、俺は息を飲み、胸ポケットの隠しカメラのスイッチをつけた。
成金男「お前ら!人生舐めてるだろ!」
--なんか、利根川みたいだな
男はまず会場の人々をこき下ろした。横にいる助手の女は大袈裟に頷く。散々に自尊心を傷つけた後、成金は"救い"を差し出した。
それは、アマゾンの奥地でみつかった湧水だった。スクリーンに湧水についての動画が映し出される。現地人が若く見える理由は湧水だという。
スクリーンには枯れたレタスが映し出される。湧水をかけると、みるみると新鮮なレタスに変わった。
--おいおい、ただの逆再生じゃん。こんな古典的な詐欺に騙されるやついるのか?
"すごい!"という声が聞こえてきた。声の主を見ると、明らかに周りの人とは違う。小綺麗に身なりを整えている女性だった。
--あれは多分サクラ。人を安心させる戦法か。
そして湧水の秘密について、科学的な?説明がされた。銀イオンが多く含まれ、その還元作用で若返るとのことだった。思わず吹き出しそうだった。
--銀イオンなんて除菌、消臭効果しかないだろ。消臭スプレーか。若返るわけないじゃん。
あまりにも稚拙な論理だった。
周りを見渡すと、納得した表情の人ばかりだった。思わず口角が上がる。
その時だった。成金男は俺を睨んでいた。
--ヤバい... バレたか... いやバレる訳ないか。
鼓動が早くなる。俯いてその場をやり過ごすしかなかった。
説明会が終わり、契約書が配られる。人々は一斉に印鑑を押している。それを横目に俺は次の行動で頭がいっぱいだった。
--あとは無事に帰れれば任務完了。
拳を軽く握り締め、決意を込め口を開く。
「実印を車の中に忘れたみたいで、とりに行ってきます。」
成金男が助手の女に目配せをしている。助手の女がこちらに近寄ってきた。
女「ねぇ。逃げるの?」
「え、何がですか」
会場の入り口に目をやると、人が集まり塞いでいた。
--詰んだか?
流石にキョロキョロしすぎた?
女「すぐ逃げるからそんな人生なんだよ!ここで決断できる奴だけが金を手にできるんだよ。」
胸に響く言葉。
--確かに俺は流されてきた。俺の人生って誰の為にあるのだろう...
何も答えられずにいた。
女「印鑑後日でいいけど、身分証明書置いてって」
--万が一、俺の身分証明書が見つかったらどうなるんだ?大丈夫...身分証明書は車の中だ。
「あ、あれ〜、身分証明書忘れたかもしれません」
平然を装おうとしたが、つい声が震えてしまった。
成金男「つまらん嘘つくなよ!だからお前は落ちこぼれなんだ」
--やばい。どうなるんだ俺。
女「車まで一緒に行こう。印鑑か身分証明書どちらかあるでしょ」
顔面蒼白だった。俺は駐車場へ向かう途中、精一杯頭を回転させたが、妙案は浮かばなかった。
そのとき、トイレが目に入った。
--とりあえず時間を稼ぐしかない。
「お腹痛くてやばいです。漏れそうなんで、ごめんなさーい!」
そう叫び、女の返事を待たずにトイレへ駆け込んだ。
バクバク脈打つ心臓。溢れ出る冷や汗。
--どうすればいい?
トイレの窓から月灯りが手招きしていた。
--行くしかない。
俺は迷わず、窓に手を伸ばし開く。そのまま外へ飛び出すと、夜風が俺の頬を撫でた。
一息つく間もなく、俺の足は車に向かって駆け出した。
会場から離れたところに車を停めた事が幸いしたのか、追手はいなかった。
エンジンをかけ、アクセルを踏む。タイヤは滑らかに回りだした。
胸の鼓動が高鳴っていた。高揚と不安の間に俺はいた。
--俺はもう平穏な生活に戻れないのかな...
月灯りは優しく俺を見守っていた。
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