黒魔女の書庫と白魔道士の図書館
森野 葉七
黒魔女の書庫
ー第1話ー 物語がはじまる
あなたはまるで不思議な力に誘い込まれたかのように森の小道へと足を踏み入れました。
なぜ急に森へ行きたくなったのかは自分でも分かりません。
たまたま森の前の通りを歩いていただけなのに、心の奥底から無性に森を求めたのです。
森の奥から漂う魅惑的な甘い匂いのせいでしょうか。
それとも、肌を粟立たせるような禍々しくも濃密な魔力のせいでしょうか。
小道を少し歩くと、小さな家が見えてきました。
近づいてよく見れば、それは倉庫で使うようなトタンの箱を無理やり改造して作ったもののようです。
窓はなく、代わりに空気が通るよう薄く穴が開けられていて、屋根には手作りの粘土でできた三角屋根が乗っています。
全体が不気味な黒色に塗られているのは、この家の住人の趣味でしょうか。
そのペンキも既製品ではなく、住人自身が調合した絵の具かもしれません。
非常に怪しく、普段なら立ち入らないような建物ですが、あなたはまるで森に入った時のような謎の衝動に駆られ、中へ入ろうとします。
例えるなら、場末の路地裏にある常連しか入れないような三軒長屋の飲食店くらいの怪しさです。
あなたは木を荒く削って作られた重たい扉を開けて中へ入ります。
すると室内は想像していたよりずっと広くて綺麗に整頓されていました。
壁一面には本棚が並び、本が隙間なく美しく詰まっています。
しかし、どの本のタイトルも聞いたことのないものばかりでした。
作者名もないので一体誰が書いたのか見当もつきません。
「ちょっと。入るの? 入らないの? 寒いんだから入るならさっさと閉めてよね」
思わず見惚れていると、鋭く咎められてしまいました。
あなたは慌てて重たい木の扉を閉めて部屋の中央へ目を向けます。
そこには、磨き上げられた豪華な木の机と一人の少女が座っています。
少女は黒色のひらひらとしたフリル付きの上着とスカートを纏い、頭には先のとがった黒い三角帽子を被っています。
茶色の長いおろし髪の可愛らしい顔をした女の子です。
ペン立てに刺さっているのはもしや杖でしょうか。
まるで絵本から飛び出してきたような魔法使いです。
「何見てんのよ。お客さんじゃないの? 早く椅子に座りなさいよ」
まじまじと見すぎましたね。
言われるままに小さな木の椅子に座ります。
座布団も手作りでしょうか。
藁が詰めてあるのか、座るたびに中からカサカサと乾いた音がしました。
「もしかして魔女を見るの初めて? なら仕方ないわね。私ってば、魔女の中でも特に可愛いもの」
なんと本当に魔法使いでした!
自信満々に言い放つ姿が本当に可愛らしいので、悔しいけれど反論できません。
「ねえ、ねえってば。あなた、本当に私のこと見に来ただけ? 違うでしょ? 私のお話を聞きにきたんでしょ?」
「それと、私の話はタダじゃないわ。対価としてあなたの中にある…エネルギーみたいなものを頂くわ。あなたにはたっぷりありそうだけど。」
ここはどうやら黒魔女さんがいろんな話をしてくれるお店のようです。
背後の膨大な本はきっと黒魔女さんの話のネタ帳なのでしょう。
「さあ、どんなお話が聞きたいわけ?」
せっかくなのでひとつお話を聞いてみましょうか。
あなたが聞きたい話を伝えてみて下さい。
「はあ? 私、黒魔女なんだけど。そんなハートフルな話はないわよ」
黒魔女さんがまた不機嫌になってしまいました。
なかなかに手強い方です。
「ここにあるのは、ダークでぞわぞわするような黒いお話だけ。私の体験談もあるわ。……まあ、あなたに興味なんてないでしょうけど」
黒魔女さんは突然思い出したかのように本を閉じて片付け始めました。
「残念だけど、もう閉店時間よ。夜は私の時間だもの。外で人間たちを驚かしに行かなくちゃ」
外を見ると太陽は完全に沈み、外は深い闇に包まれていました。
今日は結局黒魔女さんを眺めているだけで終わってしまいましたね。
「ほら、さっさと帰りなさい。さもないとあなたも黒魔女にしちゃうわよ」
あなたが男性であろうが女性であろうが、その口調から黒魔女さんは本当に魔法をかけてきそうです。
黒魔女さんがこちらに杖を向けています!
何か呪文を唱え始めました!
急いで小屋を出なければ!
「……次は、ちゃんと話してあげるから。……また来てよね」
あなたは小さなボロボロの小屋を後にしました。
これもまた不思議なことにあなたの頭からは黒魔女さんの姿が離れません……。
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