バッドエンドを悪役に~それが私の

雪村竜胆

第1話

大好きな人が死んだ。それなのに、みんな喜んでいる。初めて見た時から好きだったのに。気付けば8年もの歳月が流れていた。


 忘れもしないあの夏の日。馬車は揺れるから嫌いだと言った顔が、最高に可愛かった。その瞬間、彼しか見えなくなった。


 それからいろんな表情を見せる彼を、どんどん好きになっていった。もっと知りたかったのに。この先会えないなんて。もうこの漫画が増えることはないだろう。

 こたつに突っ伏して泣いた。あのページから、先には進めないまま朝になった。その場面は涙で濡れてよれている。それでいい。こんな場面、二度と見たくなんかない。


 きっとひどい顔をしているだろう。今日は失恋休暇と称して休めないだろうか。そんなこと上司に言っても、理解してくれるはずがない。

 好きなキャラクターがいる人は誰もが願うだろう。幸せになって欲しい、笑って欲しいと。

 でも、作者は彼を不幸にした。物語の都合上しかたないのかもしれないが、あまりにも酷い最後だった。思い出したくない。それなのにあの場面が蘇る。


 窮地に追い込まれてもなお、不敵に笑ったあの横顔。最後までその冴えた表情は変わらなかった。何を思っていたのだろう。諦めか、それとも安堵か。彼の過去を思うと、いろんな思いが巡った。

 せめてもう一度元気な姿を見たくて、ページを遡る。湿っている場所を慎重にめくった。

「ゼノぐん」

 漫画の中のゼノを呼ぶ。


「自由に生きて、自由に死ぬ。邪魔をするな」


 彼の声がした。頭の中で勝手に変換されているのだろう。この場面はまだアニメ化されていないのだから。

 彼の最後の戦いの前夜、この台詞を仲間達に言っていた。あの時、ルーヴェルが止めていたら。

 また悲しくなり、再びこたつに突っ伏した。

 少し寝てしまっていたようだ。起き上がると、そこは自分の家の景色ではなかった。


 ここは、ゼノが戦いに敗れた広場に似ている。まさかとは思うか、漫画の世界に入り込んでしまったのだろうか。そんなことが現実にあるはずがない。

 だか、世の中には異世界転生というものがあるらしい。まさか自分がその対象になるなんて思いもしなかったのだが。

 転生物の話を読んだことがなかったことに後悔した。こんな状況になるのなら、勉強したのに。


 それにしてもおかしい。あの戦いの後、この街は壊滅状態に陥った。それなのに争った形跡がない。ということは、あれから時が経ったのだろうか。それとも。

 いや期待はよそう。悪役好きのファンは、がっかりすることには馴れている。

 グッズは主役サイドの人気者ばかり。映画では一瞬たりとも出てこないし、イベント参加も無い。アニメスピンオフにも出なければ、漫画の表紙は後ろ姿が出ていればいいほう。

 それでもほんのわずかな姿を見つけては喜んでいた。


 目の前でその姿を見ることが出来たなら、どんなにいいだろうか。どうか生きていることを願って、街を見渡す。

 少し離れた場所で「炎の悪魔だ」と叫ぶ男の声。これはゼノの最終決戦が始まる前の台詞。だとしたら、この世界ではまだ彼は生きている。

「待ってて。今助けに行くよ」

 大急ぎで彼の元へ急ぐ。道なら知っている。この先の花屋を過ぎて、右に曲がった場所に居るはずだ。

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