第5話 不登校少女のおもてなし

 てっきり、リビングに通されるのかと思ったら、一気に2階にある尾曽さんの部屋に入れてくれた。

 それから、待ってて、と少し慌てた様子で息を切らせて出ていってしまった。


 正直、中学に上がってから、友だちの家に上がるのはこれが初めてだ。

 今までそんなことなかったはずなのに、今は少し緊張していたりする。


 小学校に通っていた時は毎日のように友だちと遊んでいたし、月に1回は誰かの家に集まってゲームなんかしていた気がする。

 それなのに、中学に上がってからは、塾に部活に恋愛に、と打ち込むものがそれぞれ出てきて、なんとなく遊び自体も減っている。


 みんなやりたいことがあるのだから、自分も早く大人になろうとしてきたつもりだ。それでも、寂しいものは寂しくって、変わりはなかった。1年、なんとなく放置してしまっていただけに胸に開いた穴が大きくなっているような感じがする。


 そんなの錯覚なのにね。


 気を紛らわせるように尾曽さんの部屋を見る。

 中は簡素で、言うとあれだけど、これまた飾りっ気がない。きっと本人にとって必要なものが必要な場所にあるんだろうと思う。

 なんとなく、暗い部屋に大きなパソコン、みたいなイメージだったけど、あんまりわたしの部屋と変わらないな、というのが正直な感想だった。


「待たされずに入れたってことは、いつもこんな感じなのかな」


 いや、待ったは待ったんだけど……。


 ガチャっと扉が開いてなんとなく背筋を伸ばしてしまう。

 悪いことをしていたわけじゃないけれど、ちょっとだけ罪悪感を感じながら部屋の主人の顔を見上げた。


「リラックスしてて良かったのに」と両手に持ったコップが机の上に置かれた。


 そこで机に目を落として気づく。


「勉強してたんだ」


「意外……?」


 自嘲気味に笑う尾曽さんを見て、わたしはブンブンと両手を振った。


「違う違う。偉いな、と思って」


 目の前に座った尾曽さんにわたしは身を乗り出して頭を撫でていた。


「勉強なんて、学校行っててもやらない人多いのに、偉いよ」


 多分、家にあげてもらって、気が緩んでいたのだと思う。一瞬怯えたように身をかがめたのを見て、自分が何をしているのか自覚した。


 ただ、やってしまったと思った時には、すでにふんわりとした髪の感触を感じていて、わたしの右手は自然とすくように尾曽さんの頭に沿って動かされていた。


 声は聞こえない。

 声が出ないほど怯えているのか、それとも……。


 おそるおそる顔を見ると、それはもう幸せそうな顔でかわいらしく笑っていた。

 一瞬、幻覚を見て自分を正当化しているんじゃないかと思って目を擦った。

 もう一度見てみても、目の前の光景は無邪気な少女が母親に甘えているようにしか見えなかった。打算ばかりの教室には染まっていない油断した表情だった。


 つい癒されて、2度3度と手を動かしてしまう。そのたび、くすぐったそうに表情が変わる。


 手が退けられないのをいいことに、わたしは何度も尾曽さんの頭の上で手を動かしていた。

 小学生の頃から発育のよかったわたしは、同級生たちから姉代わりにされていたことを思い出す。


 いや、こんなの全部自己正当化だ。きっと尾曽さんは否定するだろう。


 でも、妹やペットのようにかわいげがあって、撫で回さなかったのは理性が働いてくれたからだと思う。

 ……いたことないけど……。


「ご、ごめんごめん。急に変だよね」


 しばらく経ってからのくせに、わたしは慌てて気づいたフリをして手を引っ込めた。

 手からは尾曽さんのシャンプーの匂いがして、余計に心臓が速くなる。

 なんだか顔まで熱くなっていることに気づき、顔を手であおぐ。すると余計に匂いが舞って体の熱はこもるばかりだった。


「別に」


 返事はそっけなかった。けれど、問い詰められなかった。

 優しいな、とそう思った。


 ただ、ちょっと顔は見られない。


 問い詰められないのをいいことに、わたしは尾曽さんから逃げるように部屋を見回した。目が回ったように首を回す。


「げ、ゲームやるんだ。いいね。どんなのやるの?」


 我ながら下手な話題転換だと思う。

 けれど、気にした様子もなく、「RPGが多い」と教えてくれた。


「アクションは酔うから苦手」


「よく言うよね。わたしもそんなに得意じゃないなぁ。そっかぁ、尾曽さんはRPGをやるんだ」


「尾曽はやめて」


 ピシャリと言われて背筋が伸びる。

 ようやく見られた顔は無表情に戻っていた。


「じゃ、桔梗ききょうちゃん、RPGのどんなところが好き?」


「……んぅ」


「ん?」


 机にある何かを探すように視線がさまよい出して、わたしもそれを目で追ってみる。

 ただ、特に何かあるようには見えなかった。


「ひ、1人でもできるから」


「なるほど」


 テレビ台の横にある棚を見れば、本や漫画、それにわたしと同じくらい使っていそうな雰囲気の教科書も詰まっていて、なるほど、と思う。


「ね、せっかくだしさゲームしようよ。こうして家にあげてくれたんだし、桔梗ちゃんとゲームがしたいな」


「私と?」


「他に桔梗ちゃんはいないよ?」


 嫌なのか、迷うように桔梗ちゃんの目が泳ぐ。


「私相手じゃ面白くないと思うよ? 下手だから」


「いーのいーの、ゲームは上手い下手より楽しもうとするかでしょ? 私も下手だし、一緒だね」


「んぅ……」


 そうして、わたしは棚の方へと足を向けた。

 これが、2人で下手なゲームをするようになったきっかけだった。


 ただまあ、桔梗ちゃんの下手は謙遜で、わたしが負け続きになるのだけど。

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