第2話 身体接触警報発令中
どうしてこんなことになったんだろう。
気づいた時には、私はベッドに座り横道さんに後ろから腕を回されるような姿勢になっていた。
単にハグされているんじゃなくて、ゲームをしているのだけど……。
こんな、二人羽織というか、サポートされつつレースゲームをするのは初めてだった。
そもそも、私の家で、私の持ってるゲームなのに、だ。
「ふ、普通、立場が逆じゃないですか?」
「なんで敬語?」
「べ、別に……」
震える声を隠そうとしたら弱気な自分が隠せなかった。
中学に上がってから、特に、不登校になってからは、人との触れ合いが極端に少なくなっている。
当然だ。外に出ていないんだもの。そりゃ、顔を合わすのなんて、親かお医者さん程度なのだから。
だけど、それだけに、横道さんの接触は私にとって大事件だった。
いくら学校で普通のことだったとしても、普通じゃない私にとっては普通のことじゃない。
背中から、太ももから、腕から、手から、柔らかい感触が伝わってきて、人が触れているんだと意識してしまう。
それに距離が近いからか、なんだかいい匂いがする。
だ、ダメだダメだ。同級生の女の子相手に、こんなふうに考えるなんて。
私だって女で、小学生の頃は日常だったはずなんだ。
背後の横道さんをうかがおうにも、今はレース中。画面から目を離すのは難しい。
「あ、ああぁ! ほら、コースアウトしてる、コースアウトしてるって。なんか、反応にぶくなってるよ。このわたしがサポートしてるのに」
「……こんなんでゲームに集中できるわけないじゃん」
カップルじゃないんだし……。
自分で想像しておいて、全身の熱が今度は顔に集まってくるのを感じた。
反射的に頭を振ってしまい、少しだけくらっとする。
一瞬、視界にノイズが混じって、カートはコントロールを失った。
「あ! そこじゃない! 加速そこじゃないって〜! 落ちたー!」
もー、と言いながら右肩にあごを乗せられて、息が頬に当たった気がした。
脳の中まで熱されるように熱くって、レースなんてそれどころじゃない。
2人で密着して、私はパジャマ姿。
しっかりした服は疲れるからいつも着ている服だけど、こんなの親しい友人にも見せないんじゃない?
見慣れていて何も言わないでくれているけど、寝癖だって治していない。
だらしない。だらしないだらしないだらしない。
今も学校指定の制服を着た横道さんには、こんな私に触れていいんですか、と問いたくなる。
ただ、口にはしない。
心臓の音が背中から伝わっていないことを祈りながら、今は大人しくする他ない。
ゲームをすればいつもはほんの少しだけ私が優位に立つ。だけど、レースゲームは乗り物酔いを思い出すから苦手だ。
そして、私より上手ということで得意になった横道さんは、先生の真似でもしながら私の手を覆うようにしてコントローラを握り、教えてくれている。
そう、ようやく全部思い出した。今、こうなっている理由。
私が下手だからゲームを教えてもらっていたんだ。
ゲームの方でアシストを入れてくれないなら、せめて、このやり取りの方にはアシストをつけてほしい。
頭からアンテナが生える恥ずかしさより、そっちの方がよっぽどマシだと思える。
そう、そんな恥ずかしさに耐えれば、きっと、私だってもう少しマシに立ち回れて、きっと、内心でももっと余裕をもって、ほどほどにゲームに集中しながら、でも楽しく笑い合いながらお話しができるだろうに……。
そんなに大きさの変わらない手でコントローラーが握り直された。私はこの距離ならとこっそり右肩に乗る横道さんの顔を見た。近くに寄ってみると余計に綺麗だな、と思う。
不摂生が続く私と違って、肌荒れひとつない白い肌。ゲームに熱中して少し赤くなっている頬。
彼女は画面を見て楽しそうに口を開けている。家に来た時の真面目そうな雰囲気はかけらもなく、言葉を選ばないならバカみたいだった。ただ、小さい子どもみたいに目の前のことに熱中するその姿はどうしようもなく魅力的見える。
「ほーら、わたしを見てないで画面見て。ほぼわたしがやってるから、見て見て! ここショートカットあるの、ねえ見て! 見てよー、えぇ? カッコよく決められたのにぃ」
残念そうに口を尖らせて少しだけ拗ねる横顔に自分でニヤニヤしてしまっているのがわかった。
意外とゲームにも真剣な姿が、いつもなんだかおかしくって、画面のほうを見てからクスッと笑ってしまう。
言われるがまま操作して、結果は8位。
わたしとしてはまあまあな順位でゴールできてほっと力が抜けた。
それから、肩からあごがどいて、ちょっとだけ残念な気持ちが湧いてくる。
また何を考えてるんだ、と頭をブンブン振ったとき、勢いよく立ち上がった時のように視界が真っ暗になって、先ほどより鮮明に背中から柔らかい感触が返ってきて、私は天井を見ていることに気がついた。
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