傷だらけの世界で白銀を問う
星宮遥飛
プロローグ
雪の混じる冷たい風が、突き刺すように鋭く体に吹き付けてくる。咄嗟に布で顔の周りを覆ったものの、それでも殴りつけるような痛みを和らげることはできない。そびえ立つ山々もすっかり白銀の幕に覆われ、周りの草木も心なしか寒さと痛さに縮んでしまっているように見える。
あの戦争からすでに、二十年という月日が経とうとしている。生産も、物流も、経済も、何もかもを白紙に戻した戦争から、人々は未だ復興を遂げられずにいる。それだけ百年以上も続いた戦争の爪痕は深い。
悪魔と人間との間で繰り広げられた戦争。通称、
その戦争が二十年前、悪魔たちの祖であるノアが滅ぼされたことで終わった。しかし、ようやく終わったと安堵したのも束の間、世界に起きたのは魔法の衰退だった。
ノアの滅亡に呼応するように、魔法という動力を失った世界中の機械やインフラが停止した。悪魔と戦った人間であるネフィリムたちの魔法も、時間の経過とともに徐々に弱まっていった。
世界は停止した。戦争に勝ったという喜びもなく、平和が訪れたという安心もなく、次にやってきたのは文明の崩壊というさらなる絶望だった。
街からは灯りが消え、ポンプは水を汲み上げることができず、生活の生命線である水道も停止した。各地を繋ぐ通信網も途絶。外部に被害状況や不足している物資を援助、負傷した人々の救助要請をすることもままならなくなり、世界各地の街は陸の孤島と化した。
それでも、人々は懸命に復興活動を続けてきた。文明は中世の時代と変わらないくらいにまで衰えてしまったが、最低限の生活基盤は再び出来上がりつつある。地域間の往来、貿易も活発になってきた。
──だが、俺の両親は一向に見つからない。
荒れた道を、リアカーを引きながら歩く行商人はそうひとりごちた。戦闘に巻き込まれ、生き別れとなった両親を探すために始めた行商人生活だが、いまの今まで両親について知っている人物と出会ったことはない。
ポケットから地図を取り出し、目的地であるアリエフロートの方向を確認する。周囲を山々に囲まれ、ある剣術の名家が治めている伝統的な街だ。七年前にも訪れたことがあるが、とても素朴で、落ち着いた雰囲気が印象的だったことを覚えている。名産品である乾燥モリーユを使ったクリーム煮が絶品だった。
行商人という職業柄たくさんの地域や街を巡ってきたがアリエフロートは五本の指に入るくらいにはいい街だ。両親に関する情報は何一つ無かったが、それはどの街でも同じことだった。
俺が死ぬまでの間に見つかるだろうか。──そもそも、今生きているのかさえもわからないのに。
やめだ。何度も繰り返した問いだし、結局一度だって答えが出なかったじゃないか。意味を求めるくらいならさっさと足を動かせ、イリア。
そう行商人は自分に言い聞かせ、山道を進んでゆく。リアカーの車輪が軋む音だけが白みがかった静かな山道に響いていた。
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