第19話:善人ソサエティ決起集会
「『善人ソサエティ』の活動を始めるぞ。世の中を俺達の手で変えるんだ!」
A山から、連絡が来た。どうやらA山は、本当に世直し活動を始めるらしい。
その連絡に従い、俺とC子は、A山が指定した第一回『善人ソサエティ』集会の開催会場へ向かう。
連れ添って歩くC子の表情は冴えない。彼女は先日の『善人ソサエティ』発足の時、その雰囲気に抵抗感を示していたのだから、当然だろう。
それでもA山の誘いに従うのは、C子の真面目さというか、日頃からの付き合いの流れでの断りづらさという雰囲気によるものだろう。
…俺も同類だが。プライベートの人間関係に煩わしさを感じてはいる。しかしそれが、A山達との関係を断絶する理由にはなり得ない。それはC子も同様なのだと思う。
俺はC子に対して、いつも以上に共感の感情を抱いていた。
A山が指定した集合場所。
それは、とあるビルの一室だった。会議室を貸し切っているようだ。
不動産を営む親のコネで、貸しビルの一室を借りたらしい。
しかし、驚いのは、その一室に集合した人の数である。
30人はいるだろうか。
野球どころか、ラクビーで対戦が出来そうな人数が集まっていたのだ。
『善人ソサエティ』発足時にいたD田やE藤の姿は当然、その2人以外でも、A山との付き合いを通して見知った顔の人たちも、ちらほらと見える。
しかし、その大半の人間達とは、俺もC子も初対面である。
「さっき、A山が独り言で呟いていたんだけどさ」とD田。
「『どうだ、見たか、B沢!』って言ってたな」とE藤。
A山の、B沢に対しての自尊心…というか虚栄心は凄まじいな。
と、そこへ紙袋を手にしたA山が現れる。
「おう、○○に、C子。よく来たな。お前達も、これを身に付けてくれ。」
そう言ってA山は、紙袋の中から小さなプレートを取り出した。
どうやらそれは、バッチのようだ。
正面には『善』と記されている。
はっきり言って、ダサい。
後で聞いたところ、今日の参加者全員に配布しており、このバッチが『善人ソサエティ』の仲間の証になるらしい。しかし、容赦なく身に付けさせるところが強引なA山らしい。
ちなみに、このバッチの作製費用は、A山のポケットマネーで賄っている。
こういった強引さと、金銭的な羽振りの良さ、そして、性格と資金が生み出すコミュ力。今日、これだけの人数を集めたのは、A山の行動力と日頃の仲間作りの賜物だろう。
確かにB沢も、ここまでは予期できなかっただろうな。
バッチを配り終えたA山は、部屋に設置されていた台に乗り、マイクを手にする。
その姿は、まるで街角で選挙運動を行う候補者のそれだった。
壇上でマイクを手にしたA山が、今日ここに参加した者達に向かって声を張り上げる。活動声明を行うのだろう。
「今日もどこかで虚しい争いが起きている。世界で。紛争地帯で。国境で。それだけじゃない。会社で、学校で、地域で、悲しい争いが起きている。それは何故か。社会に『悪』がいるからだ。他人を害し、傷付け、蔑ろにし、その行為にほくそ笑む、悪人が存在しているからだ。他人を自分の利益のためだけに利用するような、虫唾が走るような邪悪な奴がいるからだ。そんな害悪がいる限り、社会は良くならない。ならばどうするか。我々が、『正義の味方』になればいいのだ。ここに集まった者達は、俺が認める『善人』達である。その善人である我々が、まず世に示すのだ。正義はここにある。悪は滅ぶべし。我々こそが正義の味方であり、最後に『正義は勝つ』のである。」
A山の声明は、最初は静かに厳かに、途中から言葉に熱が入り…、
「だから皆、俺に協力してほしい。世の中を良くするために、正義のために、『善人ソサエティ』として、行動を始めようじゃないか!」
そして、最後は熱い情熱を込めて、A山の活動声明は終わった。
A山が声明を語り終えた後。
…部屋の中に、沈黙が訪れる。
なお、『善人ソサエティ』誕生の経緯を知る俺には、A山の声明は空虚な言葉の束にしか聞こえない。
だが、その沈黙に耐えかねたように、一瞬、A山の視線が動く。
その先には、D田とE藤がいる。
A山の視線に気付いた2人。互いに視線を交わした後…。
「素晴らしい!」「俺も一緒にやるよ!」と口を揃えて叫んだ。
そしてA山の視線に反応したのは、その2人だけではなかった。
A山が視線を送った先から、口々に、A山の言葉に同調し、エールを送る。
自身の隣の者が同調する。その反対にいる者も同調した。だから自分も同調しよう。そうやって沈黙していた人達も、その圧力の成果で同調の声を挙げる。
そして、ここに集まった全ての者達が、A山の言葉に、『善人ソサエティ』に、同調を示した。
ここはまるで、ロックミュージシャンのライブ会場。集まる者達はファンの群れ。
そしてこのライブ会場は、ファン達の熱い声援の包まれる…かのような錯覚を覚える光景であった・
元々、この集団は、A山の息のかかった者達ばかりだ。その上で用意周到なA山の事だ。おそらく念のためにサクラを仕込んだのだろう。D田とE藤の行動を見れば解る。
それに気付いてしまった俺は、先日からのA山に対しての抵抗感も手伝って、目の前の集団の熱狂に乗り切れない…場違いなライブ会場に来てしまったような、そんな距離感を感じていた。
「活動を始める前に、皆んなに言っておきたい事がある。」
壇上に立つA山の言葉は続く。
「活動をしていくにあたって、もう一つ、重要な事があるんだ。それは、俺達同士での絆を作る事だ。」
またA山が言葉触りの良いことを言い始める。会場の一同はA山の言葉に耳を傾ける。
「正義とは、仲間を大切にする事。隣人を守り合うこと。俺達は一つにならなければならない。その為にやっておきたい事がある。」
壇上のA山が、俺に向かって手招きをした。その理由が解らなかった俺は一瞬驚く。しかし、A山が手招きしていたのは、俺の隣に立っていたC子の方であった。
呼ばれたC子も驚きの表情を浮かべている。
「C子。こっちに来てくれ。」
A山の取り巻きと思われる者達に手を引かれ、壇上に導かれるC子。
なんでC子を…。しかし、それをA山に問う時間はなかった。
「俺達の結束をより強くする為に、C子に、この組織のユニフォームを作って貰おうと思っている!」
おぉ!と湧き立つ会場。
「このC子は今、デザイナーという夢を叶えるために社会と闘っている。そんな彼女に我々が社会と戦う為のユニフォームを作って貰うのは、価値のある事だ。良いよな、C子?」
いいぞ!素晴らしいものを作ってくれ!と、再び湧き立つ会場。
最初は戸惑いと羞恥の表情を浮かべていたC子だったが、会場の集まる集団の熱い視線と声援を聞き、その顔が紅潮する。
「ユニフォーム作成の資金は俺が出す。安心してくれ。C子は、自分の才能と夢を、この場所で活かしてくれるだけでいい。」
そのA山の言葉が決め手となったのか、会場内に湧き立つ集団の声援にも押されたのか、C子は皆に向かって頷くのだった。
集会の帰り道。俺は連れ立って歩くC子を問いただす。
「なんで、組織のユニフォーム作りを引き受けたんだ?」
「うーん、服のデザインとか、私、好きだし…。私、一応デザイナー志望だし…。」
「それだけなのか?」
「それに、あの会場の雰囲気の中で、断るのも皆んなに悪いしさ。」
C子の言葉を聞いて、俺は心の中で溜め息をつく。
それは、C子が以前に気にしていた、仲間同士の雰囲気とか勢いに振り回される状態だぞ。
…そうは思ったが、才能を活かす機会を与えられたC子の満更でもない表情を見ていると、それを無粋に口にする気持ちにはなれなかった。
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