第5話:実験に至る過程⑸

自宅にて。一晩飲み明かしての、朝8時。

呑み会から帰宅したオレは、シャワーを浴びて、就寝の支度をする。

なんとも自堕落な朝だろうか。しかし一人暮らしのオレに苦言を述べる者はいない。


アパートの一室から、オレは外の景色に目を向ける。

東に登る陽は既に高く、今から就寝することに対して、これから働く世間の皆様に多少の罪悪感を感じる。

しかしその罪悪感も眠気には勝てない。

欠伸をしながら、アラームをかけようと携帯電話を手に取るために、鞄を探る。

…鞄を探る手に、紙の感触があった。

それは、店で出会った奇妙な娘が残した、一冊のノート。

そのノートに触れた時。

酒で誤魔化していた記憶と感覚が、オレの脳裏に蘇る。

娘と別れた直後、謎の緊張が治らなかったオレは、再度アルコールの大量摂取に励んだ。

そして、翌朝…。今まで忘れようとした感覚が、逃れようとした記憶が、再びオレを染め上げる。

奇妙な戯言を言い続ける変な女。そう思い込もうとしたが、娘の印象は消えない。

酔った勢いのままに、娘の残したノートも捨てようとしたが、結局捨てられなかった。


娘が残した、最後の言葉。

『私はあなたを救いたい』

そして。

『地獄から』

更には。

『もしあなたが、その正体を知りたいのなら、このノートに書かれた物語を読んでみて。そうしたら真実がわかるから』

娘の残した言葉が、オレの脳裏に刺さっている。

真実とは、なんだ?

最初はこのノートを、家まで持ち帰る気など、なかった。

娘が言った質問を、気にする必要など、なかった。

ましてや、このノートを読む事など、有り得なかった。

そう思っている筈なのに、オレは結局、娘の言葉に縛られ、ノートを捨てれなかった。

そして今。

オレは、そのノートを開こうとしている。

読もうとしているのだ。

そうすることが、もうすでにオレの物語として決定しているかのように。


窓の外の日差しは、まだ、明るい。

オレの手が、ページを捲る。ノートの中に綴られた物語の扉を開く。

ノートの1ページ目には、縦書きで文字が記されていた。


  僕

  ら

  は

  地

  獄

  の

  中

  に

  い

  る


これが、この物語の題名なのだろうか。

ノートを一枚、捲る。

新たに開かれたそのページは、文字で埋め尽くされていた。

女の子が書いたような小さな文字。それが紙を埋め尽くしている。

物語…。これは、小説なのか?

このノートには小説が書かれているのか?

普段、あまり読まない活字の小説。

さらに、二日酔いと寝不足に微睡む頭。

ノートのページを捲り、そこに書かれた物語を追ううちに、オレは奇妙な眠気に包まれていった…。

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