やわらかい熱に触れる

@oniondog

屋上の夕暮れ、二人の秘密

茜色に染まる空は、どこまでも広く、遠くの街並みをシルエットに変えていた。授業が終わってずいぶん経つのか、あれほど騒がしかった校庭も静まり返り、今は遠くから吹奏楽部の練習するフルートの音が、風に乗って微かに届くだけだ。

​コンクリートの床に、二つの影が長く伸びている。


フェンスに並んで寄りかかっていたが、どちらからともなく、ゆっくりと体が離れた。

​向き合う。小柄な彼女は、自然と俺を見上げる形になる。その潤んだ瞳が、夕陽を反射してきらめいた。何かを言おうとして、唇が小さく開いて、閉じる。その逡巡が、張り詰めた空気に甘い熱を帯びさせていく。


​「……寒いか?」

掠れた声で尋ねると、彼女は小さく首を横に振った。その動きに合わせて、丁寧に整えられた髪が揺れ、ふわりと清潔なシャンプーの香りが鼻先を掠める。


​先に動いたのは、俺の指だった。

ためらいがちに伸ばした指が、彼女の細い指先に触れる。びくり、と小さく震えたのが伝わってきたが、振り払われることはない。むしろ、恐る恐る、といった風情で、彼女の指が俺の指に絡みついてくる。思ったよりも少し冷たい、その感触。

​その手を、ゆっくりと引いた。

抵抗なく、彼女の小さな体が一歩、また一歩と近づいてくる。制服のブレザー越しに伝わる体温。見下ろす彼女の頬は、夕焼けのせいだけではない赤みを帯びていた。

​どちらからともなく、顔が近づく。

触れるだけの、羽根のような口付け。一度離れ、再び確かめるように、今度はもう少し深く。柔らかさと湿り気を帯びた吐息が混じり合い、理性の最後の糸が、ぷつりと音を立てて緩んでいくのが分かった。


​手が、彼女の制服のボタンにかかる。

指先が微かに震えている。彼女もそれに気づいたのか、俺の手にそっと自分の手を重ねてきた。それは制止ではなく、むしろ「大丈夫だから」とでも言うような、小さな肯定。

​ひとつ、またひとつとボタンが外れ、白いブラウスの隙間から、夕陽の光を浴びた滑らかな肌が覗く。吹き抜ける風が、露わになった肌を撫で、彼女が小さく身を震わせた。

​給水塔の、大きな影。人目につかない、二人だけの領域。


俺は自分のブレザーを脱ぐと、埃っぽいコンクリートの上にそれを広げた。彼女の体を、冷たい床に直接触れさせたくはなかった。

​ゆっくりと、その小さな体を受け止める。

制服のスカートが乱れ、しなやかな脚が露わになる。すべてが初めてのようにぎこちなく、けれど確かな熱を帯びていた。


​やがて、二つの体が一つに重なろうとする瞬間。

彼女が息を詰めるのが分かった。未知の感覚に対する、一瞬の戸惑い。寄せられた眉は苦痛ではなく、むしろ内側から満たされていく圧迫感と、熱の奔流に耐えるような、甘い緊張を浮かべていた。

​「っ……ふ……」

​裂けるような悲鳴ではない。ただ、どうしようもない充足感に、甘い息が漏れる音。彼女はシーツの代わりに、床に敷かれた俺のブレザーの袖を、指が白くなるほど強く握りしめている。

​痛みではない。確かな熱が、体の奥で脈を打ち始める。最初は戸惑っていた彼女の体が、徐々に強張りから解放され、内側から溶けていくように、熱を受け入れていく。

​ゆっくりと、確かめるように動き始める。


遠くで鳴っていたはずのフルートの音は、もう聞こえない。ただ、風がコンクリートを撫でる音と、衣擦れの音、そして、二人分の荒い呼吸だけが、この世界のすべてだった。

​見開かれた彼女の瞳が、快感の波に揺れている。頬は上気し、唇は半開きのまま、ただ甘い吐息を繰り返す。

愛しさで胸が張り裂けそうだった。この小さな体を、この背徳的な空の下で、独占しているという事実が、思考を焼き切っていく。

​「……あ……っ」

​彼女の体が、小さく、けれど強く弓なりにしなる。

俺の腕にしがみつく指先に、爪が食い込むのを感じた。それと同時に、俺の意識もまた、真っ白な光の奔流に飲み込まれていく。思考が停止し、ただ、体の奥深くから突き上げてくる、圧倒的な熱だけが存在していた。


​どれくらいの時間が経ったのか。

ゆっくりと整っていく呼吸音だけが、茜色の空の下に響いている。

心地よい疲労感と、まだ肌に残る火照り。汗ばんだ彼女の額に、風で髪が張り付いている。

​そっと、指でそれを払ってやる。

びく、と彼女の肩が揺れたが、ゆっくりと開かれた瞳は、さっきまでの熱に潤んだまま、どこか夢見るように俺を映していた。

​「……大丈夫か?」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど優しく響いた。

彼女は言葉を返さず、ただ、こくりと小さく頷く。そして、恥ずかしそうに目を伏せると、繋がれたままだった俺の手に、自分の指をさらに強く絡めてきた。

​もう、遠くのフルートの音は聞こえない。世界は再び静けさを取り戻していたが、さっきまでの静けさとは、まるで意味が違っていた。

二人分の体温だけが、冷たくなり始めた屋上のコンクリートの上で、確かに熱を持っていた。

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