第6話 監視都市ゼニス
データの奔流が収束し、ゼロとノードは硬い地面に投げ出された。その衝撃は、エコーシティの人工的な地面とは比べ物にならない、確かな物質の質量を感じさせた。
眩しさに目を細めながら、ゼロはゆっくりと立ち上がった。全身に感じる重力が、エコーシティで感じていたものよりわずかに強く、彼の身体のデータ構造が、この新しい環境に合わせて微調整されているのを感じた。
「ノード、大丈夫か?」
「ええ…この空気、冷たいけど…」ノードは、ゼロの手を握り返し、周囲を見回した。彼女の呼吸は浅く、新しい環境への警戒心を示していた。
彼らの目の前に広がっていたのは、驚くべき光景だった。彼らが住んでいたエコーシティの「偽りの牧歌」とは似ても似つかない、垂直に伸びる鋼鉄とガラスの巨大な都市だ。
それは、太陽を遮るほどの超高層ビルが無限に連なる、巨大な都市だった。建物の表面は無機質なグレーと黒で統一され、窓は無く、巨大なLEDパネルが静的な情報をひたすら表示し続けている。
上空には、高速で移動する無人ドローンが、規則的な軌道で飛び交っていた。そのドローンの駆動音すら、エコーシティの鳥のさえずりと同じくらい、予測可能で単調だった。
「これが…Far Land?」ゼロは茫然と呟いた。彼が想像していたのは、世界のシステムから完全に隔絶された、自由な大地だった。しかし、目の前にあるのは、エコーシティのさらに上位に位置する、より冷徹な監視システムにしか見えなかった。
「きっと違うわ」ノードは周囲の冷たい雰囲気に怯えた。
この都市の空気は、人間の感情を完全に排除した冷たい論理で満たされている。
「人々はどこ?」
彼らが降り立ったのは、ビルの谷間に作られた、幅の広い通路だった。通路を歩いているのは、皆、揃いのグレーの制服を着た人々だったが、彼らの動きは極端に効率的で、誰とも目を合わせない。まるで、目的のためだけに最適化されたプログラムのように、歩行速度も、腕の振り方も、完全に同期しているように見えた。彼らは、エコーシティの住民とは異なり、無気力というよりは、超効率的だった。
ゼロは自分の携帯端末を取り出したが、端末は完全に沈黙していた。画面は真っ黒だ。
「通信が遮断されている。ユニバーサル・マナの局所的な干渉すらできない」ゼロは焦りを感じた。
「この都市のシステムは、エコーシティよりも遥かに強固だ。僕の低級ロールなんて、ここでは何の意味も持たない。まるで、僕らが単なるバグになったようだ」
そのとき、通路の巨大なLEDパネルの一つに、エコーシティでも見慣れたAdmnのロゴマークが表示された。
【Admn】
そして、そのロゴの下に、警告メッセージが表示された。
【WIPE PROTOCOL DELAYED: Z-SECTION. RE-OPTIMIZATION IN 10 YEARS.】
「WIPEのプロトコルが…遅延? 10年後?」ノードは驚きの声を上げた。彼女の知る50年周期の初期化とはあまりにもかけ離れていた。
この都市は、エコーシティの50年周期のWIPEとは異なる、10年周期で
「シルクハットの男は、僕らを Far Land へ導くと言った。だが、ここも同じAdmnの支配領域だ。彼は僕らを騙したのか?」ノードの瞳に絶望がよぎった。
「いや、違う。座標が示していたのは、シールドを抜け出すためのアクセスポートだ。男は、この場所がFar Landだとは言っていない。ただ、シールドの外にあると言っただけだ」
ゼロは、必死に思考を巡らせた。彼は、この都市の背後にある論理構造を解析しようと試みた。
「この都市は、エコーシティのさらに上位にある、管理セクションだ。ここでは、エコーシティの管理者ロールを持っていた人間たちが、次のWIPEを待っているのかもしれない。彼らにとって、エコーシティは実験場であり、ゼニスは管理者の避難所だ」
ゼロが通路の隅にある、古びたメンテナンス用アクセスパネルに目を留めたとき、頭上を高速で移動する警備ドローンの群れが、彼らの上空を低空で旋回し始めた。その駆動音は、すぐに彼らの存在がシステムにとって「異常」だと検知されたことを意味していた。
その瞬間、巨大なLEDパネルの一つが切り替わり、ゼロとノードの顔の静止画像が、警告マークと共に表示された。彼らの顔は、WIPEを回避した「不正データ」として、鮮やかな赤色で点滅している。
【WIPE-SKIP ENTITIES DETECTED. IMMEDIATE NEUTRALIZATION PROTOCOL ACTIVATED. LOCATION: Z-N. SECTOR-ZENITH.】
「ゼニス…!この都市の名前だ!」ゼロは警告文の隅に示された場所のコードを読み取った。
「見つかった!」ゼロはノードの手を強く引いた。
「走れ! Admnが僕らを初期化する前に、この都市の構造を理解する必要がある!この都市の管理レイヤーに侵入しなければ、僕たちは削除される!」
彼らは、無関心な群衆の中を走り出した。しかし、群衆の動きは一切乱れない。まるで、彼らの存在が視界に入っていないかのように、ゼニスの住民はただ、決められたルートを、正確な秒速で歩き続ける。
彼らの逃走は、この超効率的な都市においては、無意味な不規則性でしかないのだ。
次の角を曲がろうとしたとき、目の前の通路を塞ぐように、3体のエンティティが出現した。
それは、全身を黒いクロム鋼で覆われた、人型のドローンだった。彼らの動きは、他のドローンのそれとは異なり、戦闘のために最適化された、非人間的な俊敏さを持っていた。
彼らの胸部には、Admnのロゴが刻まれ、その右腕は、データを強制的に初期化するためのエネルギーパルス砲に変化していた。砲口が、ゼロとノードに向けられ、冷たい青い光を帯び始める。
「初期化エンティティだ…!奴らは、僕らをデータごと消し去るつもりだ!」
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