星を見るのが、少し苦手になった。

昔は好きだったのに、今は見るたびに胸の奥が痛くなる。

――あの日から戻ることは無い笑顔を思い出してしまうから。

夢を見た。

夜空の下で一年前に亡くなった妹の美有（みう）が笑っていた。

白いワンピースの裾が、星の光を浴びゆらゆらと揺れながら、

「ねえ、おにいちゃん！あの星を見て！」

美有が指さした先に天秤座の星がきらきらと瞬いていた。

風がゆっくりと二人を優しく包み込むように吹いている。

その瞬間風が遠ざかり、

――夢がぼやけていく。

部屋の中で夢から覚めカーテンの上の隙間から見える薄らとした青い光。

夜と朝のあいだ、“かわたれ時”の静けさ。

「美有、、、」

時計の針は「――コク、コク」とうごいているのに、時間の流れがどこか遠くのように感じる。

（…今の顔、今の声、忘れたくない。

　あの星を見上げてないと、もう二度と会えない気がする）

冬紀（ふゆき）は布団を抜け出し、靴を履いた。

冷えた空気の中、気づけば足はあの丘へ向かっていた。

美有と登ったあの小さな丘へ。

足元の草が朝露を含み冷たく光っている。

「鳥もまだ起きてない……」

町の音も、車の音もない。ただ、目の前に丘だけがある。

丘のてっぺんに着いたころ、空はまだ夜の暗さを残していた。

星々は薄れていき、最後に残った天秤座だけが、まだそこに“あるよ”と主張するように光っている。

冬紀は黙って空を見上げ、ほんの一分ほど、けれど

とても長く感じる時間。

（……ほんとにいるならさ。夢でもいいから、もう一回……）

そのとき、背後からやわらかな声で、

「星を見に来たのかい？」

「えっ」

振り向くと、そこにひとりのお婆さんが立っていた。

灰色の髪をまとめ、古びたショールを肩にかけている。

手には小さな錆びた器を持っていた。

（怖っ。いや怖くはないけどさ。なんでこんな時間に？）

「……えっと、はい。少しだけ見てました。」

「フフ…」

お婆さんは微笑み、空の星を見上げたまま、

「あの星はね、決断や迷い、善悪――そういう全ての物事の“重さ”を量る星なんですよ」

「……量る星？」

思わず聞き返す。

だってそれは、さっき夢の中で美有が指した星と同じだったからだ。

「そう。そして天秤というのはね、釣り合っている時が一番美しい」

その言葉を聞き冬紀は息を飲んだ。

（正直、何言ってんのか全然わかんない……どう返せばいいんだよ、これ）

風がやみ、空の星がわずかに光る。

お婆さんはその光を見つめながら、

「昔ね、ある少女がいたんです。その子もね、今のあなたと同じように時間の流れに置いていかれた子でね……」

急に何を話し出すのかと思ったが、その声に

心が惹かれていき、お婆さんの声が静かに響いてくる。

「辛いこともあるでしょう。それでも前を向きなさい。きっとあなたは――」

けれどその声はだんだんと遠くなっていく。

（おいおい、ちょっと待て、寝るな俺。今いい話してんだろ）

慌てて目をこすって、お婆さんに話しかけようとする。

「お婆さん、俺には妹がいてさ。星が好きで――」

そう言いながら擦った手をどけ隣にいたはずのお婆さんの方を見るがそこに姿はない。

ふと気づけば、

――冬紀は見知らぬ橋の上に立っていた。

川が流れている。

向こう側には白い塔、石造りの街、見たことのない紋章。

さっきまでいた日本は、どこにもない。

（………………夢、じゃねぇな、これ）

【後書き】

読んでくださりありがとうございます！

これから冬紀は沢山の人と出会い成長していきます！

更新はできるだけ毎日19時頃を予定してます！

暖かく見守っていただけたら嬉しいです！

誤字脱字等ありましたら、遠慮なくご指摘していただけると助かります！