僕の隣の席の柴犬

ユルヤカ

僕の隣の席の柴犬

 ここはどこにでもある普通の高校、S高校。

 でも一つだけ、他の高校とは違うところがある。


「おはようだわん!」

「柴ちゃん、おはよー。」

「狛もおはようだわん。」

「うん、おはよう。」


 それは僕の隣の席が柴犬ということだ。


「狛、今日の宿題ちゃんとやったわんか?今日は三平方の定理で少し難しかったわんよ。」

「うん、難しくて半分わからなかったけど。」


 狛というのは僕、犬飼狛いぬかいこまのことだ。

 僕は入学してからずっと疑問に思っていることがある。


「見せてみるわん。教えてあげるわんよ。柴に任せるわん!」


 そう言いながら、柴犬の柴ちゃんは机を僕の机とくっつける。僕が疑問に思っていること。それは、柴ちゃんがなんでもできてしまうということだ。

 例えば、柴ちゃんは勉強が得意だ。三平方の定理どころか、高校の問題も少しなら解けてしまう。人間の僕なんかより百倍頭がいい。

 一体何者なのか、誰も知っている人はいない。


 そんなことを考えているうちに、柴ちゃんは鞄からバッグと文房具を取り出して、解説を始めている。

 柴ちゃんは小さい手と肉球があるにも関わらず、器用にペンを持って字を書く。持ちにくそうなチョークも持ててしまう。それに普通に椅子に座っている。

 柴ちゃんは普通の柴犬とは見た目も違う。普通の柴犬は四足歩行なのに、柴ちゃんは常に二足歩行だ。しかも、普通の柴犬に比べると明らかに小さい。ぬいぐるみぐらいのサイズだ。


「狛……狛!聞いてるわんか?ぼーっとしてたら時間がなくなるわん。」

「ごめんごめん。今どこだっけ?」

「もう解説終わったわんよ!」

「もう一回いい?」

「はぁ……次はちゃんと聞くわんよ!」

「はい……。」


 柴ちゃんの解説を聞きながら、問題を再度解き直していくと、自分じゃないみたいにすらすら問題が解けていった。本当に柴ちゃんはすごい。


「ありがとう、柴ちゃん。これでもうできるよ。」

「次からは一回で聞くわんよ?」

「お前ら、席につけー。授業やるぞー。」


 柴ちゃんにお礼を言うと、先生が教室に入ってきた。


「今日は昨日の授業の続きやるぞー。……昨日何したか忘れた。」


 このいかにも残念教師という先生は、鬼塚弘おにつかひろし

 僕たちのクラスの担任であり、数学の先生で、教えるのが意外にも上手い。そして名前に反して、とても生徒思いで優しい。残念教師じゃなければ完璧だった。


「先生、三平方の定理の応用からだわん。」

「おぉ、そうだったか。ありがとな、柴。」


 柴ちゃんのおかげで授業が始まった。

 柴ちゃんは先生たちからも柴、と呼ばれていて、クラスの名簿にも柴としか書かれていない。柴ちゃん曰く、柴というのが名前らしい。


「じゃあ、この問題を……犬飼。わかるかー?」

「は、はい!」


 やばい、わからない。ちゃんと授業を聞いておくべきだった。


「狛……!これだわん……!」


 柴ちゃんがこっそりノートの端に答えを書いて教えてくれた。


「8です。」

「正解だ。きちんと授業は聞けよー。」

「はい。」


 注意されたはしまったものの、最悪の展開は柴ちゃんのおかげで免れた。

 柴ちゃんにお礼を言おうと、柴ちゃんの方を向いた。するとそこには、険しい顔をした柴ちゃんがいた。


「先生、お腹痛いのでトイレ行ってきてもいいですか?」

「おう。行ってこい。」


 柴ちゃんはそそくさと音を立てない様にしながら走っていく。

 僕は「柴ちゃん。」と声をかけようと思ったが、険しい顔の柴ちゃんが頭に浮かんで、声に出すことができなかった。

 そうこうしているうちに柴ちゃんは教室から出て行った。


 授業が終わっても柴ちゃんは教室に戻ってこなかった。




 授業が終わると、僕はすぐに教室を出てトイレへ向かった。

 柴ちゃんに何かあったんじゃないか、と思って急いで向かった。

 最寄りのトイレにつき、中を見てみたが、柴ちゃんの姿はない。僕は心配で仕方がなかった。


 そして僕は柴ちゃんを探して校内を探し回った。

 そしてとある部屋の中にいる柴ちゃんを見つけた。


「柴ちゃん……どうして……?」


 柴ちゃんがいたのは、校長室だった。

 校長室で柴ちゃんは、校長と椅子の上で何かを話している。何を話しているかはわからない。でも一つだけわかったことがある。


「柴ちゃんは何か隠している……。」


 トイレになんて柴ちゃんは行っていない。

 最初から校長室に行くつもりで教室を出たんだ。


 僕はこの場にいてはいけない気がして、急いで教室へと戻った。

 それからの授業は柴ちゃんのことが気になって、集中できなかった。

 そして柴ちゃんはその日、教室に戻ってくることはなかった。


 ◇ ◇ ◇


「柴ちゃん、おはよー。」

「おはようだわん!」


 次の日、柴ちゃんは普通に登校してきた。

 昨日何もなかったかの様にみんなに接している。みんなも柴ちゃんがいなくなっていた時間なんかなかった様に、柴ちゃんに接している。


「狛、おはようだわん!」

「おはよう。」


「柴ちゃん、昨日何してたの?」と聞こうとしたが、何か聞いてはいけない気がして、いつもの様に挨拶をした。


 昨日とは違って、特に何かが起こることも違うこともなく、いつも通りの日常の時間が過ぎていく。気づけば放課後になり、多くの生徒が下校を始めている。


「狛、なんかあったわんか?今日ずっと上の空わんよ?」

「いや、なんでもないよ。柴ちゃん、今日一緒に帰らない?」


 柴ちゃんが一体何をしていたのか。

 気にせずにはいられなかった。少しでも柴ちゃんのことを知ろうと、柴ちゃんと一緒に帰りたかった。


「ごめん。今日は塾があるから急いで帰らなきゃいけないわんよ。」


 柴ちゃんは少し戸惑った様な顔をしながら、僕の誘いを断った。


「狛、また明日わん!」


 柴ちゃんは本当に急いでいるのか、バッグを持って小走りで帰っていった。

 僕はバッグを持って柴ちゃんを追いかけた。本当はこんなことしたくない。でも、僕の直感は見過ごしてはいけないという信号を出している。柴ちゃんの隠していることを知りたい。その一心で、柴ちゃんをこっそり追った。


 柴ちゃんはずっと小走りで歩道を進んで行った。

 僕は距離を離されない様に気をつけながら、後ろをついて行った。信号で離された時はひやっとした。それでもなんとか柴ちゃんを見失うことなく、ついていけていた。


「あ、曲がった。」


 柴ちゃんが左に曲がった。

 柴ちゃんに追いつくために、僕は少し走りながら柴ちゃんの曲がった角を目指した。


「な、なんで……?」


 角を曲がると、そこには人が数人歩いているだけで柴ちゃんの姿はない。

 周りに曲がれたり入れたりするところはない。一体どこに行ったのか、謎は深まるばかりだった。


 ◇ ◇ ◇


「狛ー、朝だよ。そろそろ起きて。」

「うーん……。ふわぁぁぁ……。」


 次の日、目を覚ますとそこにはお姉ちゃんがいた。

 僕は朝に弱いため、お姉ちゃんにいつも起こしてもらっている。お姉ちゃん様様だ。シスコンとよく言われるが、それは僕にとっては褒め言葉だ。


「先降りてるからねー。」


 お姉ちゃんが部屋をでてから、着替えや洗顔を済まし、一階のリビングに降りてくると、先に父さんとお姉ちゃんが朝食を食べていた。


「おはよう。」

「おお、狛。おはよう。朝食はできてるぞ。」

「父さん、ありがと。」


 僕の父さんは、先に旅立ってしまった母さんの代わりに、僕たち2人を男手一つでここまで育ててくれている。元々苦手だったらしい料理も猛勉強し、今では料理人並みの料理を作れる様になっている。


「いただきまーす。」

「ねぇ、狛。あのテレビに映ってる男の子イケメンじゃない?」

「んー?」


 目玉焼きを食べようとすると、お姉ちゃんが話しかけてきた。

 お姉ちゃんが指している指の先を見ると、確かにイケメンな金髪の美少年がテレビに映っていた。


「あなたの最近買って良かったものはなんですか?」


 どうやらこのイケメンは、テレビの特集で取材されているようだった。


「えーと……。靴ですわ……ね。」

「ははっ、このイケメン乙女じゃん。」


 お姉ちゃんがイケメンの喋り方に笑い出した。

 お嬢様口調を隠したかったのだろうが、いつもの癖で出てしまったんだろう。今の時代、そういう人もたくさんいるから別に隠すことはない気がする。


「ほう。それはどうしてですか?靴をよく使ったりするのですか?」

「あ、はい。蹴る時に蹴りやすいので。」

「サッカーか何かですか?」

「いえ、えーと……キックボクシングの様なやつです。」


 イケメンは顔をぽりぽりと掻きながら、答えた。

 多分嘘だ。キックボクシングと言っているけど、喧嘩とかだろう。


「乙女なのにキックボクシングやってるんだ……意外だね。」


 お姉ちゃんはイケメンの言っていることをまともに受けている。

 多分どっちも間違っているけど。


「2人ともそろそろ行かないと遅刻するぞ。」

「やばっ、狛、先に行くね!」


 姉ちゃんは少女漫画の展開を望んでいるのか、食パンを咥えながら鞄を持って走って出て行った。僕と父さんはご飯派だが、お姉ちゃんだけはパン派だった。僕がそう思っているだけの可能性もあるが、これはお姉ちゃんの父さんへの負担を少しでも減らそうという気持ちだと思う。


「狛、時間。」

「あっ、いってきまーす!」


 僕も急いで学校へと向かう。このまま行くと遅刻だ。


「おはようございまーす。」

「狛。遅刻だ。授業始まってるぞ。」

「ごめんなさい。」


 間に合わなかった。

 怒られながら席に着くと、柴ちゃんが話しかけてきた。


「遅刻するの珍しいわんね。寝坊?」

「ぼーっとしてたら時間だった。」

「まぁ、あるあるわんね。」


 あるある、といいつつ柴ちゃんが遅刻したことは一度もない。

 柴ちゃんなりの励ましなんだろう。


 その日はそれから色々と災難が降りかかった。

 ひっくり返ったバケツの水を被ったり、階段から滑り落ちたり……。すでに僕はボロボロだ。


 そして、その災難は自分一人にとどまらなかった。


「ピンポンパンポーン。ただいまから一階のモップがけを行います。ピーンポーンパーンポーン。」

「嘘っ……?本当にいるの……?」

「どうすれば、どうすればいいんだ?」

「お前ら、静かにしろ。騒ぐとバレるぞ。」


 先生の言葉で教室の中のざわつきはなくなり、シンとした静寂が教室を支配した。今の放送。本当に流れる日が来るなんて。

 さっき流れた放送は、「学校の中に不審者が侵入しました」という意味の放送だ。どんな人がどのぐらいの人数で入ってきたかはわからない。もしかしたら、逃げられないかもしれない。そう思うと、どんどん怖いという感情が込み上がってくる。


「柴ちゃん。えっ……?」


 隣の柴ちゃんを見て安心しようとすると、隣の席は空だった。

 不審者がいるというのに、柴ちゃんがいなくなってしまった。いや、違う。


“不審者がきたから”、いなくなったんだ。

 やっぱり柴ちゃんは何か隠している。それもとても大きなことを。


 そう思うと、だんだん気になっていてもたってもいられなくなり、柴ちゃんのことを探したくなってきた。とはいえ、今探しに行こうとしても先生に止められるに決まってる。


「お前ら、ここにいろよ。先生は様子を見てくる。」


 そう言って先生はクラスを出ていった。

 チャンスだ。先生が出て行ったのを見て、僕はクラスから出た。


「狛……。どこ行くの?」


 僕が出て行こうとするのを見て、クラスの女子が心配そうな目で僕を見ている。

 そりゃそうだ。不審者がいるのに、教室から出るなんて自殺行為に近い。でも、それでも、柴ちゃんの秘密が知りたくて仕方なかった。


「柴ちゃんを探してくる。心配しなくても大丈夫だよ。」

「柴ちゃん……?誰それ?」


 え……?柴ちゃんを知らない……。どうなってるんだ?

 そういえば、前に柴ちゃんがいなくなった時も誰一人として気にしてなかった。まさか……。


 急いで教壇に行き、先生のクラス名簿を開く。


「嘘だろ……。」


 クラス名簿の中にあるはずの柴、という名前はなかった。

 今、この瞬間にみんなの記憶から柴ちゃんが消えている……?

 とにかく柴ちゃんを探さないといけない。本当のことを柴ちゃんの口から聞くまで僕は考えることを諦めちゃダメだ。


 僕はクラスから飛び出し、不審者がいるという一階につながる階段に向かった。

 一階には不審者がいる。怖い。行きたくない。でも、きっと不審者のいるところに柴ちゃんはいる。そう信じて、僕は一階に降りた。


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 黒ずくめの格好をした男ともう一人、誰かが殴り合いをしている。

 黒ずくめの男がきっと不審者だろう。そしてもう一人の殴り合いをしている男は、


「テレビの金髪イケメン……?」


 不審者の殴り合いの相手は、今朝テレビに映っていた金髪イケメンだった。


「……!君、ここから逃げるんだ!」


 金髪イケメンは僕を見るなり、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情になった。

 イケメンの言う通りきっとここから逃げるべきだと思う。でも、柴ちゃんから本当のことを聞くまでは逃げない。そう決心して、僕はその場から動かなかった。


「よそ見してんじゃねえぞ!」

「うっ……。」


 こっちにイケメンの視線が向いている隙を見て、不審者はイケメンの綺麗な顔に右ストレートをかました。僕のせいだ。僕のせいで彼は怪我をしてしまった。

 不審者とイケメンは取っ組み合いになり、お互いを殴り合っている。僕にも何かできることはないか……。そう思い、周りに使えそうなものはないか、見渡した。


「狛!そこにある棒を持ってきて!」


 イケメンの指した先には如意棒の様な棒が転がっている。

 この棒があれば……。


「やられてたまるかぁぁぁぁ!」


 不審者もここぞとばかりにナイフを取り出し、イケメンに突き刺した。


「ぐはっ……。」


 迷ってはいられない。やるしかない!

 手に持っていた棒を不審者めがけて思い切り振り抜いた。不審者は避けようとはしたものの、棒の先がお腹に直撃した。


「かはっ……。」


 不審者は僕の攻撃により息ができなくなり、気を失った。


「警察だ!手を挙げろ!」


 そこからは警察が全て不審者の処理をしてくれた。

 先生に勝手なことをしたことで怒られたが、倒したことを褒められもした。


「狛、ちょっときてくれる?」


 警察の取り調べが一通り終わった後、金髪のイケメンに話しかけられた。


「狛、もう正体わかってるよね?」

「うん……。柴ちゃんだよね?」

「うん。バレちゃったし、全部説明するよ。」


 僕はとっくにわかっていた。金髪イケメンが柴ちゃんで、たくさんの秘密があること。そしてそれは人に話せないこと。でも、それを柴ちゃんの口からきちんと聞きたかった。

 それを汲み取ってくれたのか、柴ちゃんは自分から話すことを選んだ。


「僕は柴犬なんかじゃない。僕の正体は狛犬なんだ。」

「狛犬って……神社に祀られている?」

「うん。まだまだ僕が未熟だから柴犬の姿なだけで、本当は神社にいるあの姿なんだ。」

「そう、なんだ……。」

「だから僕はいろんな不思議な能力を使ってたんだ。例えば、こうやって人に変身したり、記憶を部分的に消したり……とか。」


 そういうことか!

 それなら今まで起きていた全ての事象が噛み合う。柴ちゃんによってあの不思議なことが起きていたんだ。


「ん?ちょっと待って。じゃあなんで、僕は無事なの?」

「それはね……。狛が狛犬の子孫だからだよ。」


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 ちょっと柴ちゃんの言っていることが理解できなかった。僕の親は人間だ。別に犬の姿だったり、狛犬みたいな姿だったわけでもない。


「すごい困惑しているみたいだけど……。狛の母親は、人の姿で生活していた僕みたいな狛犬だよ。」

「ええっ!?」


 衝撃だった。

 僕が生まれてすぐに亡くなったらしい母親は、人の姿をしていた狛犬で、人じゃなかった。しかも、自分も狛犬の血を受け継いでいる。


「そこで提案があるんだけど……。僕と一緒に修行しない?」

「修行?」

「そう。僕は今、人間界で悪口の言霊が具現化だったり、成仏しきれなかった悪霊だったり、そう言った『あやかし』を倒す修行をしているんだ。きっとこの修行が終わる頃には、立派な狛犬になっているはずさ。」


 柴ちゃんの言っていることは信じがたい。

 でもきっと本当のことなんだろう。実際にこの目で不可思議なものを見たのだから、あり得てもおかしくはない。それに、柴ちゃんの言っていることだ。僕は柴ちゃんを信じている。


「柴ちゃん、僕、修行するよ。これからよろしく!」

「……!うん!よろしく!」


 こうして僕はどこにでもいる普通の中学生から一変。

 世界の平和を保つ狛犬の修行を始めることになった。これからきっと沢山の試練が僕を待っている。ここから僕と柴ちゃんの物語は幕を開けた。



 完



 ◇ ◇ ◇


最後まで読んで頂きありがとうございました!

これが初めての短編です。すっごい緊張しました。人気があれば、続きを書こうと思います。

この作品が面白かった方は、星評価してくれると嬉しいです。

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