第22話 束の間の恋人ごっこ:愛の言葉
神社の裏手に広がる林の中は、祭りの喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。ざわめきや太鼓の音は、幾重にも重なる木々の葉に吸い込まれ、遠い世界の響きのようにしか聞こえない。代わりに、草むらで鳴く虫の声と、時折、夜風が木の葉を揺らす微かな音だけが、二人の鼓膜を支配していた。木漏れ日のように地面に落ちるまだらな月光が、俺たちの姿をぼんやりと浮かび上がらせ、その光と影のコントラストは、まるで俺たちの関係そのものを象徴しているかのようだった。
りんご飴の甘い味が残る唇を貪り合った後、俺は菜月の小柄な身体を、近くにあった大きな樫の木にそっと押し付けた。彼女の背中が、ごつごつとした樹皮の感触を確かめるように、微かに動く。その仕草が、これから始まる行為の非日常性を、より一層際立たせていた。
「……ねえ、佑樹」
俺の首に腕を回したまま、菜月が吐息交じりの声で囁いた。その瞳は、月明かりを反射して、熱っぽく潤んでいる。
「ここ、誰かに見られちゃうかもね」
「そうかもな。……スリルがあって、いいだろ?」
俺は、彼女の挑発に乗るように、意地悪く笑ってみせた。この危険な状況が、俺たちの背徳的な欲望を、より強く、より純粋な形へと昇華させていく。彰太への罪悪感も、文香への複雑な感情も、この瞬間だけは、目の前にいる菜月の熱の前では色褪せていた。
俺は、彼女のショートパンツに手をかけ、そのボタンを一つ、また一つと外していく。彼女は、抵抗することなく、その行為を静かに受け入れた。布地が肌を離れる微かな音と、彼女の荒い息遣いだけが、林の中の静寂に響く。
すべてが露わになった彼女の下腹部に、俺はそっと唇を寄せた。彼女の肌は熱く、そして微かに汗ばんでいた。その生命力に満ちた匂いが、俺の理性を完全に焼き切る。
「んっ……」
菜月の身体が、ビクリと弓なりにしなった。彼女の指先が、俺の髪を強く掴む。俺は、その反応を楽しみながら、自らの欲望を解放した。熱く硬くなった俺の肉塊が、夜の冷たい空気に触れ、その存在を主張する。
誰かに見られているかもしれないという、極限のスリル。祭りの喧騒という、すぐそこにある日常との断絶。そして、目の前にいる、最も信頼し、最も心を許せる幼馴染の、無防備な姿。それらすべてが、俺の興奮を、これまでにない高みへと押し上げていた。
俺は、菜月の熱く濡れた場所に、自らを導いた。結合の瞬間、彼女の口から漏れたのは、苦痛ではなく、純粋な快感の喘ぎだった。
「あっ……ん、ぅ……ゆうき……」
彼女は、俺の名を呼びながら、その腰を激しく震わせた。俺たちは、衝動のままに、互いの身体を求め合った。木々の葉が擦れる音と、俺たちの肌がぶつかり合う生々しい音が、虫の声と交じり合う。
数分後、一度目の激しい波が過ぎ去った後、俺たちは、互いの身体を重ねたまま、荒い息を整えていた。汗ばんだ肌を、夜風が優しく撫でていく。
その時だった。菜月が、俺の胸に顔を埋めたまま、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、佑樹。……恋人ごっこ、しない?」
その言葉は、あまりにも唐突で、そして、あまりにも切実な響きを持っていた。俺は、一瞬、言葉の意味を理解できずに、彼女の顔を見つめた。
「恋人ごっこ……?」
「うん。……今、この瞬間だけ。私たちは、誰にも邪魔されない、本当の恋人同士なの。……だから、言ってほしい。……私のこと、好きだって」
菜月の瞳は、真剣だった。そこには、いつもの悪ふざけの色はない。彼女は、この背徳的な行為の上に、ただの肉体的な繋がりではない、もっと深く、精神的な証を求めているのだ。それは、文香との関係に対する、彼女なりの対抗心であり、俺との絆を、誰にも侵されない特別なものにしたいという、純粋な独占欲の表れだった。
俺は、彼女のその切実な願いに、抗うことができなかった。俺の心の中には、確かに、彼女に対する特別な感情が芽生えていた。それは、友情や、あるいは単なる欲望では説明できない、もっと複雑で、もっと温かい感情だった。
「……好きだよ、菜月」
俺の口から、自然と、その言葉が滑り落ちた。それは、ゲームの台詞などではなかった。彰太の家で感じた罪悪感、文香とのデートで感じた庇護欲、それらすべてを経験した上で、それでもなお、俺の心の中心にいるのは、この特別な悪友なのだと、はっきりと自覚した瞬間だった。
俺の告白を聞き、菜月の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
「……うん。……私も、好きだよ、佑樹」
彼女の声は、震えていた。それは、友情という名の長い鎧を脱ぎ捨て、初めて素直な愛情を言葉にした、魂の告白だった。
俺たちは、再び、深く唇を重ねた。今度のキスは、先ほどまでの衝動的なものではなく、互いの感情を確かめ合うような、優しく、そして長いものだった。嘘の言葉と、真実の感情が、この光と影の交錯する林の中で、完全に一つに溶け合っていく。
この束の間の恋人ごっこは、俺たちの関係を、決定的に変えてしまった。もはや、ただの幼馴染でも、ただの共犯者でもない。俺たちは、互いの心の中に、決して消えることのない、特別な感情の存在を、確かに刻みつけたのだ。この甘く、そして切ない遊びが、俺たちの友情に終わりを告げ、二人だけの新しい物語の始まりとなることを、俺たちはまだ、予感するしかできなかった。
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