配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する
もけねこ
配信に興味のない私と配信
ダンジョン1層のメインルートから外れた小部屋で、胸の前にボディカメラを固定した私は、動画投稿サイトの配信開始のボタンを押した。
「…………映像よし、音声よし。行こう」
最近流行りのダンジョン配信というやつ……ではない。
タイトルなんて「緊急時の念の為」だし、説明文なんて「イレギュラー発生時の初動対応用及び、生存確認用」だし、チャンネル名なんて意味の分からない文字列のままだ。カメラも顔ではなく前を映している。なんでこんななのかというと、私は、ダンジョン配信なんてやる気がまったくないからだ。
私はダンジョン配信が嫌いだ。より正確には、『ダンジョン配信者』が嫌いだ。ダンジョンは危険に溢れていて、人が死ぬのも珍しくない。それを面白おかしく配信するなんて、頭がイカれてると思う。わざと危険な行為をする連中もいるし。それで人が死んだとしても、自分たちが面白ければいい。みたいな。
そんな連中は大抵、どんどん過激になっていって、最終的にとんでもない失敗をして自分が死ぬ。ついでに周りに被害を撒き散らす。死人が何人も出るなんてこともある。部屋に籠ってゲーム配信でもしていればいいのに。ゲーム内なら、何をやらかしても、大抵の場合人は死なないのだから。
良い配信者たちもいるらしいというのは友人たちから聞いた。仲の良いパーティでかなり慎重にダンジョンを攻略する様子を配信したり。ベテランが初心者向けの講座をやったり。中には、モンスターの行動研究なんてことをやってる人もいるらしい。
ただ、ダンジョンの情報を仕入れるくらいでしかSNSに触れてこなかった私からすると、彼らによる被害が速報で流れてくることから、『炎上という形でしか話題にならない人たち』という認識になってしまっているわけで。
で、そんな私がなんでダンジョン配信なんていうことをやっているかと言うと、私の数少ない友人たちに泣きつかれたからである。
昨年に、ダンジョン上層が崩落し、中層以降の階層が地上と分断されるというイレギュラーに巻き込まれた私は、5日ほど生死不明だった。ただ、巻き込まれたと言っても、特にケガをしたとかもない。本当に、ただ閉じ込められただけである。他の冒険者も一緒に閉じ込められていたので、彼らと連携を取りつつ救助を待っていた。
しかしながら、当然そんなことになればテレビやネットでは速報が出回るわけで。友人たちは私の安否を確認しようとスマホに連絡。繋がらないため連続で連絡をいれまくった結果、私のスマホの充電が持たなかったのである。当時の私は、他の冒険者と連携の確認やら物資の確認やらしていて、スマホを確認している場合ではなかったのだ。私が気づいたときにはすでに充電切れで、どうしようもなかった。
そして、救助がきてやっと外に出た私を出迎えたのは、泣き腫らした友人たちだった。こちらを視認した彼女らは、タックルめいた勢いで抱き着いてきて、散々泣き喚いた挙げ句にそのまま寝た。起こそうとしても全く起きず、その様子をテレビ越しに確認した彼女らのご両親が迎えに来るまで動けなかった。
埃まみれ土まみれで、マジかこいつら…みたいな死んだ目で友人たちに埋もれている私の画像は、今でもネットでたまに見るくらいには話題になってしまったけれど。
そんなことがあった後日、彼女らの「私が配信してれば安否確認出来るじゃん」という謎の意見によって配信をさせられることになった。
いや、理屈も利点もわかる。彼女らは何かあったらすぐに確認できるし、私としても救助が必要な場合はそこから発信すればいい。問題はスマホの充電くらいだが、普段からほぼほぼ連絡以外にスマホを使わない私は、まず充電が切れたりしない。以前のは友人たちによる安否確認コールで持たなかったのだから、それがなければ問題ないわけで。
正直、良い印象なんて欠片もない配信者になんてなりたくなかったのだが、彼女らを心配させ過ぎた負い目もあって、私はそれを受け入れることにした。決して、機材がないからと断ろうとしたら、彼女らに、にこやかな顔で機材を用意されて逃げ場がなくなったせいではない。
その結果として生まれたのが、配信とは名ばかりで、ほぼ何も話さず、ソロでダンジョンを探索する様子を垂れ流すだけ。
それが私の配信チャンネルなのだ。なのだが……
"お、始まった”
"開始時の「よし」好き”
"相変わらずぬるっと始まるのたまらん”
……何故かいつも配信に数人の視聴者がいる。いつからかは確認していないのだが、合計で7人ほど私の配信をほぼ毎回見ている人がいるのだ。理由が不明すぎるので正直不気味なのだが、どうせ配信画面なんて、配信開始と終了のときしか見ないのだから。と放置している。
最初こそ私に対して質問やらなんやらしていたようだが、私が無反応なので、彼らは彼らで話すようになっているらしい。なんていうか、飲み物片手にスポーツ中継見ながらだらだら話している、あの感じである。
今日も彼らには何も返事せず、私はいつものようにダンジョンを探索し始めた。
"今日は何すんだろ?”
"前回、前々回はミノタウロスの美味しい食べ方探し、その前はアーマーホッパーの佃煮作りだったし、今回も食べ物系じゃない?”
"アーマーホッパー食べる前は、投網漁してたんだぞこの子は”
"竿が折れたからって投網作り始めたのマジでおもろかった”
"前回のミノタウロスのときにナイフの斬れ味悪くて解体しにくいって言ってたから、ナイフ作りとか?”
"ミノタウロスのシチューは美味そうだったな…”
"そもそもなんでモンスター食べてんだよこの子は”
"加工スキルも持ってるから、それかも”
"この何やるか分からん感じがたまらんのよね…”
"それな”
"わかる”
"ほんそれ”
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