第5話:青年、手痛き傷を負わさるる事。
夢かと思ったのに夢じゃない、夢だったら良かったのにと思うような気色の悪い光景が、目の前で繰り広げられていた。
暗い場所で、俺の周りを囲むように
手足は動かせない。どうやらベッドの上に手錠で繋がれて、大の字になって寝かされているらしい。ガシャガシャと音は鳴らせるが、それだけだ。オマケに口には
俺はどうしてこうなってしまったのかを考え、そして
「お目覚めですか。
俺の頭上から声がして、首を思い切り反らして頭の上へ目をやると、例のメガネが笑みを浮かべて逆さまに見えていた。但しその姿はいつぞやのスーツではなく、神職の神主が着るような白い装束を身に着けている。メガネと呼んではみたが、今はメガネもしていない。
その隣には、
儀式の準備は整ってしまい、俺はどんな手を探ることも叶わず逃げ損ねたってことなんだろう。辛いことやしんどいことはこれまでに山ほど味わってきたけど、その中でも一際辛く厳しい
「そんな顔をしなくてもいい。これから君は、英雄になるんですから」
メガネは言いながら、俺のベッドの周りをゆっくりと歩き始めたようだった。それと同時に、水を
それが終わると周囲の闇の中から、ベッドを取り囲むように数人の人が現れる。メガネと似たような神職の格好をしているが、こっちは頭に被った
けどそれが誰かは、持っているもので理解出来た。周りの奴らはメガネと違い、全員スチール製の
それが合図だったかのように、メガネは俺の頭側に立って紙のついた棒を左右に振りながら、とうとうと
「雲は
「
「いと高きこと
その
メガネは呪文のような言葉を繰り返し、周囲の男たちはいよいよ熱のこもった祈りを捧げだす。俺の腹の底からは、逃げ出したい気持ちが強く湧き上がっていた。
しかしそこから、儀式は停滞しているように見え始めた。メガネが呪文を唱え周りのモブが祈りを捧げる、それだけで無為に時間が過ぎていったのだ。
メガネの額には次第に汗のテカりが浮き、顔には苦悶の表情が張り付いた。呼吸も僅かに荒くなっているような気がする。しかし俺にも周りにも、何も変化は起きない。
もしかしたらと、俺はありもしない可能性に
しかしそれだと、
それなら儀式は失敗してしまい、メガネは今それを取り繕うために必死にリカバリーを繰り返しているのではないか。そう考えた方が自然な気がする。停滞しているように見えるのは、そのせいなんじゃないだろうか。
額のテカりはついに汗の粒になり、周囲のモブの祈りに
どうかこのまま何も起きず、こいつらが諦めて儀式を
儀式が始まってから、俺の体感時間で二、三時間ほど経った頃だろうか。メガネが不意に暗い天井を見上げ、表情を変えた。
「……来た」
その呟きと同時に、俺の耳に届いた音があった。シャアン、という涼しげで聞いたこともないような、清らかな鈴の音色だ。
その鈴の音は、誰が鳴らしているのかも分からないのに何度も鳴っている。シャン、シャン。シャン、シャンと、場違いなほどに美しく。周囲の誰もそんな鈴らしき物を持っていないのを確認した俺は、自分の中でだけ確信を得た。
(予兆……!!)
それは俺に取り憑いた神どもが俺に知らせる、
それは例えば、「一人しかいない部屋に自分以外の気配を感じる」といった、
前や横や後ろから感じる気配ではなく、全身に重さすら抱かせるような、のしかかる重圧。それが時の過ぎる毎に大きく、強力になってゆく。
「来たりませい! マガヒコノオオカミよ!」
メガネがそう口火を切ったと同時に、周囲のモブたちも大声で叫ぶ。
「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」「来たりませい!」
しかしその声に反して、それは天井の中ほどで
「では、仕上げと参りましょう」
そこから先に起こったことを、俺は未だに悪夢だと思っている。未来から見れば思い出すのも苦痛で、過去から見れば本当に自分の身に起こったことなのか疑わしいと思うくらいに。
メガネはベッドの側から離れ、
メガネは赤く燃える
(おい、嘘だろ、まさか……!!)
そのまさかだった。メガネは火挟みに入れていた力を緩めると、服も着ていない俺の腹部へ、容赦なく火の着いた薪を押しつけたのだ。
「があぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
あまりの痛みに、俺は
「あぁっ!! があっ!! ぎっ………があぁっ!!」
薪がその燃焼を止めるまでに、俺の腹は皮膚が爛れ、大量の火膨れで無残な有り様になっていた。全身はびっしりと脂汗を
人間は何の感情も抱かずに、ここまで酷いことが出来るものなのか。
メガネは俺の体液でくすぶる薪の
俺はさっきまでより大きくもがいてそれを拒もうとしたが、火傷の激痛で身を
「がっ……ひっ、ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
傷を
火を当てられる度、ベッドに後頭部を打ちつけて痛みを誤魔化そうとした。全身に力を込めて、薪を
そうしてメガネが
それは最初ゆらぐように、そして次第に渦巻くエネルギーとなり、さらに最後には嵐としか形容出来ないような気配の蠢きを見せていた。その嵐が
立っていた周りのモブも、メガネも、尻もちを着くほどの振動だった。
「チッ……!」
「なぁ、おい、三浦さんよ! だから俺は言ったじゃねぇか!この儀式は失敗するってよぉ!」
失敗? 何のことだろう。
「黙りなさい。これは何も失敗ではありません」
メガネの言葉も、表情も、閉じかけた俺の意識までは届かない。揺れはどんどん酷くなり、部屋の壁に亀裂が入っている音が聞こえたかもしれない。でも、もう何も分からない。激しい痛みですら、意識を繋ぎ止めることが出来ない。
(……あれ、俺もしかしてこのままだと死ぬんじゃね?)
最悪な予感を最後に
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