第50話 天才作曲家は(宣戦布告の)不協和音(ディストーション)の中で(自らの)調和(ハーモニー)を選ぶ
金曜日、午前零時。俺は自室(スタジオ)の椅子に座り、PC(Kanata用)の画面を睨みつけていた。日付が変わると同時に、案の定、主要な音楽配信サイトのトップページに禍々しいジャケット画像と共にその名前が表示された。Croix Noire(クロワ・ノワール)。アルバムタイトル『Requiem for Kanata(Kanataへの鎮魂歌)』。
(出しやがった)
迷いはあったが俺は再生ボタンをクリックした。ヘッドホン(本物)から劈くようなギターリフと、地鳴りのようなドラムが流れ出す。アルバムの一曲目、おそらくリードトラックであろう『Fallen Idol(墜ちた偶像)』。先週末、ライブ中継で聴いた時よりもさらに緻密に、そして悪意に満ちたサウンドプロダクションが施されている。黒崎のシャウトが、俺(Kanata)を名指しで罵倒する。匿名性、商業主義、『Luminous』の甘さ、『Anima』の模倣性。ありとあらゆる言葉で俺の音楽を、……いや、俺の存在そのものを否定してくる。
(相変わらず、芸のない煽り方だ)
怒りよりも先に、冷めた感想が浮かんだ。高校時代から何も変わっていない。他者を貶めることでしか、自分の価値を証明できない男。だが、その稚拙な悪意とは裏腹に、サウンド自体は無視できないレベルに仕上がっていた。橘龍生……フェニックスレコードの資本力とプロデュース能力が、黒崎の歪んだ才能を、危険なレベルまで増幅させている。特にライブで初披露されたという『Kanataへのアンサーソング』……おそらくアルバムタイトルにもなっている『Requiem for Kanata』は、複雑な構成とテクニカルな演奏、そして黒崎の狂気じみたボーカルパフォーマンスが相まって一種異様な、……しかし抗い難い魅力を放っていた。
(……これは、売れるかもしれない)
俺(Kanata)へのアンチ層だけでなく、過激なサウンドを求めるリスナーにも響く可能性がある。そしてその矛先が俺に向けられている以上無視することはできない。
俺は再生を止め、X(旧Twitter)を開いた。案の定、タイムラインはCroix Noireの話題で持ちきりだ。『#Requiem_for_Kanata』がトレンド一位。『#Kanataオワコン』『#黒崎様しか勝たん』といった悪意のあるハッシュタグも散見される。『Anima』リリース時の熱狂は、わずか数週間で不穏な空気へと変わり始めていた。
ピコン。
柊さんから早朝にも関わらずチャットが届いた。
『Kanata先生。聴きましたね?』
『ああ』
『予想以上の仕掛けです。橘社長、本気であなたを潰しにかかっています』
『だろうな』
『対策を考えなければなりません。早急に。あなたの「次の一手」が必要です』
『……』
『まさか、黙っているつもりですか?』
『……少し、時間をくれ』
『時間はありません。彼らは既に動いている。我々も動かなければ世論は彼らに傾きます』
『……分かっている』
俺は一方的にチャットを閉じた。
(どうする)
柊さんの言う通りだ。黙っていれば、俺は「逃げた」と思われる。アンチはさらに勢いづき、俺の音楽への信頼は揺らぐかもしれない。反撃すべきか?黒崎(あいつ)と同じ土俵に上がり、音楽(音)で叩き潰すか?俺の指が自然と鍵盤に向かう。頭の中に怒りに任せた激しいリフと、叩きつけるようなリズムが鳴り響く。
(そうだ。俺なら書ける。あんな偽物(フェイク)よりももっと、本物の「魂(シャウト)」を)
だが、その衝動に身を任せようとした瞬間。
コン……コン……。
壁越しに音が聞こえた。春日さんのピアノの音だ。Cメジャーのあの静かで温かい響き。彼女は俺が作り始めた『Resonance』の断片を、壁越しに聴いた音を頼りに、自分なりに解釈して弾いているようだった。
(……ああ)
俺の怒りに満ちた衝動が、その静かな響きによって洗い流されていく。
(俺が本当に鳴らしたい音はこれじゃないのか?)
憎しみでも、怒りでもない。もっと、……確かなもの。
俺は鍵盤から手を離し深く息をついた。
(危なかった。……また、過去(黒崎)に囚われるところだった)
◇
その日の大学。構内はCroix Noireの話題で持ちきりだった。音楽好きの学生たちはもちろん、普段あまり音楽を聴かない層までKanataへの挑戦状を叩きつけた謎のバンドの出現に興味津々といった様子だ。
「聴いたか?『Requiem for Kanata』! 超カッコよくね!?」
「Kanata、終わったな。時代はクロワ・ノワールだろ」
「でも『Anima』も良かったじゃん?どっちが勝つのかな?」
俺はそんな声を耳に入れながら、無表情を装って廊下を歩いていた。面倒くさいことこの上ない。
「よお、彼方!」
後ろから声をかけてきたのは智也だった。彼の表情も険しい。
「聴いたぞ、Croix Noire。マジで、胸糞悪い曲だな」
「ああ」
「お前、大丈夫か?顔色、昨日よりさらに悪いぞ」
「問題ない」
「嘘つけ。……で?どうするんだ?柊さんあたりから、もう『反撃しろ』って指令、来てるんだろ?」
「まあな」
「乗るのか?その挑発に」
智也が、俺の目を覗き込む。
俺は立ち止まり、……静かに首を横に振った。
「……いや」
「!」
「俺は、俺の音を作る。それだけだ」
「……彼方。お前……」
「黒崎(あいつ)の土俵で泥仕合するつもりはない。俺は、俺のやり方で、……『本物』を証明する」
智也は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃな。……それでこそ俺が見込んだ男だ」
「うるさい」
「で?その『本物』とやらはいつできるんだ?」
「さあな。だが、もうすぐだ」
俺の頭の中には昨夜、春日さんの音と共鳴したあのCメジャーの響きが確かに鳴っていた。
その時。
「彼方くん!」
前方から春日さんが駆けてきた。手にはスマホ。その表情は、怒りと、悲しみで、歪んでいた。
「聴きました!?あのCroix Noireってバンド!」
「ああ」
「ひどいです!あれ、Kanata先生へのただの悪口じゃないですか!音楽じゃないです!」
彼女は自分のことのように本気で怒っていた。俺(Kanata)のために。
「ありがとう。春日さん」
俺は思わず、そう言っていた。
「え?」
「いや。……だが、俺は、大丈夫だ」
「でも……!」
「俺は、あんな音(ノイズ)には負けない」
俺は彼女の目をまっすぐ見て言った。
「俺には、……俺の、信じる音楽(光)があるから」
俺の言葉に春日さんは一瞬目を見開いた。そして、ゆっくりと理解したように頷いた。
「……はい。……そうですよね」
彼女の目に、再び強い光が宿る。
「私も負けません。私だけの『魂(答え)』、必ず見つけます!」
俺たちの間に、言葉はもう必要なかった。目指す場所は違うかもしれない。だが、信じるものは同じだ。音楽(音)の力を。
俺はスタジオへと足を速めた。『Resonance』を完成させるために。俺自身の「答え」を世界に示すために。
—――――――――――――――――――――――――—――――――――
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
フォローや☆をいただけると、とても励みになります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
君が奏でる黒歴史(スコア)~隣人のポンコツVtuberは俺の魂を書き換える~ ペンタ @kazu4kimura4
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君が奏でる黒歴史(スコア)~隣人のポンコツVtuberは俺の魂を書き換える~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます