第16話 天才作曲家は(地獄の)二重音声(デュアル)と(魂の)質問(クエスチョン)に答える
(智也がソファの上で死んでる)
(……笑いすぎて過呼吸起こしてる)
(ああ、クソ……俺の胃が痛い……左耳は地声(物理)で右耳はVC(デジタル)で……俺は今、二人の『春日さん』に同時に殴られている)
地獄の生対談(殴り合い)はまだ始まったばかりだ。
『(VC)で、では早速ですが……Kanata先生!私から最初の『魂』の一発目です!』
『(地声)……(ふぅー、深呼吸……)』
「……(VC)ああ。来い」
(なんだ。何を聞いてくる……好きなコード進行か?影響を受けたアーティストか?……俺(Kanata)のプロフィールは非公開だ。答えられる範囲は限られてるぞ)
春日さん(凛音)は一度息を吸い込んだ。
(VC(デジタル)と壁越し(物理)、二つの息遣い(ブレス)がゼロコンマ3秒ズレて聞こえる……! 気持ち悪い……!)
そして彼女は俺の予想の遥か斜め上を行く質問をぶつけてきた。
『(VC)……Kanata先生は!……どうして音楽を作るんですか!?』
「……(VC)……は?」
『(VC)先生のその『魂』は……!何のために曲を作っているんですか!?』
『(地声)……(言った! 言ってやったぞ……!)』
「…………」
俺は固まった。
(……おい……それ、聞くか……この生放送(エンタメ)の場で、……俺の一番触れられたくない『核』を)
コメント欄もざわついている。
(智也のスマホガン見)
『うわ、それ聞く?』
『神(Kanata)の根源に触れる新人』
『事故るぞ、事故るぞ』
俺が顔を隠し『Kanata』になった理由。
(音楽(才能)のせいで、人間関係が壊れたからだ……もう誰とも『魂』で関わりたくないからだ)
(言えるわけ、ないだろ。そんなこと)
俺が返答に詰まったその瞬間。ソファの上で腹を抱えていた智也の動きが止まった。
(……あ)
智也は気づいたんだ。俺が今、笑えない質問を突き付けられて本気でフリーズしていることに。
『(VC)……あ、あの、先生……?』
『(地声)……(あ、あれ? 怒らせた……?)』
(うるさい! ズレるな!二重に焦るな!)
(どうする。どう答える)
(『Kanata』として完璧な答えを……俺(彼方)の本心を隠したままこいつ(春日さん)を納得させ、コメント欄(世間)を熱狂させる答えを……!)
俺はイヤーマフを強く押さえつけ、ボイチェン越しの低い声でゆっくりと口を開いた。
「(VC)……勘違いするな。新人」
『(VC)! は、はいっ!』
「(VC)俺は『魂』を込めて曲を作ってはいない」
『(VC)え……?』
コメント欄が動揺する。
『は? 魂ないの?』
『え、冷たっ』
「(VC)音楽は鏡だ」
『(VC)……鏡、ですか?』
『(地声)……鏡……?』
(ズレるな!)
「(VC)俺が作っているのは完璧に磨き上げられた、ただの『鏡(器)』だ」
「(VC)そこに、『魂』を映し出すのは……聴き手(リスナー)である君(きみ)たち、……そして歌い手(アーティスト)である……君(きみ)だ、白亜凛音」
『(VC)……っ!』
『(地声)……(!)』(息を呑む音)
「(VC)俺の『魂』が何かなんてどうでもいい。……俺の作った『鏡』に、君(きみ)がどんな『魂』を映し出すのか。……俺はただそれを聴きたいだけだ」
(よし。言った……我ながら完璧な『Kanata』ムーブだ)
(どうだ春日さん。……お前の、『魂』で殴りつけ返してみろ)
……ドンッ!!!!
(……!?)
今度は壁ドン(叩く音)じゃない。
(あいつ、今、興奮しすぎて床踏み抜いたか!?)
『(地声)うおおおおおお! 深い! 深すぎる、師匠ーーー!』
「(VC)……っ!?」
(今、……『師匠』って、言ったか!? 地声(物理)で!)
(ヤバい! VC(デジタル)のマイクに今の地声(物理)乗ってないだろうな!?)
『(VC)……あ、あ、あの! 先生!』
凛音(春日さん)が慌ててVC(デジタル)で取り繕う。
『(VC)す、素晴らしいお言葉です! 私、……私、感動しました!』
(……よし。VC(デジタル)には、乗ってない。助かった)
コメント欄も俺の「鏡」発言と凛音の(ギリギリの)反応で再び燃え上がっていた。
『鏡……だと……?』
『うわ、Kanata、ヤバすぎ。思想が神』
『「俺の鏡に、お前の魂、映してみろ」って、……新人V(凛音)への最高のエールじゃん!』
『泣いた』
『殴り合い(物理)じゃなくて、思想(タマシイ)の殴り合いだった』
(よし。乗り切った……智也がソファで親指立ててる。……うるさい)
『(VC)……先生』
凛音(春日さん)の声のトーンが変わった。さっきまでの「清楚なお嬢様(ガチガチ)」でも「殴り込み(ハイテンション)」でもない。俺が金曜のレコーディングで引きずり出したあの、「本気」の、声だ。
『(VC)……先生の、その、『鏡』に、……私の、魂、映せているか、……聴いて、もらっても、いいですか』
『(地声)……(言った……!)』
(来た。メインイベントだ)
「(VC)……ああ。聴かせてもらう」
『(VC)……ありがとうございます!』
凛音(春日さん)が深く息を吸う。
(……またズレる……いやもういい。これが最後だ)
『(VC)それでは、聴いてください。私の、……私と、Kanata先生の最初の曲。デビュー曲、『Luminous(ルミナス)』!』
ノートPCの、スピーカー(……ではない、俺の、ヘッドホン)から柊さんに送った、あの「完璧な」マスター音源が流れ出した。俺(Kanata)の完璧な伴奏(アレンジ)。そして。俺(Kanata)が三日三晩かけて磨き上げた、春日さんの「完璧な、歌声」。
「♪――」
(……ああ、完璧だ……俺の最高傑作だ)
コメント欄が、止まった。いや、止まったように見えた。
『!?』
『神』
『涙』
『鳥肌』……。
単純な単語だけで埋め尽くされていく。
(智也も固まってる……ソファでスマホ握りしめて、……あいつ本気で聴き入っ
てる)
そして。左耳(物理)。イヤーマフとヘッドホンを貫通して。壁の向こう(502号室)から音が聞こえる。
……ヒッ……。……グスッ……。……うっ……。
(あいつ……泣いてる)
春日さんは、今、隣の部屋で。自分の「完璧に、編集(エディット)された歌声」を聴いて。
(水曜(鍋パ)で俺(彼方)に、『ズルかな?』って言ってたくせに)
……本気で感動して泣いている。
(アホだろ……だが……悪くない)
曲が終わる。数秒の沈黙。そしてコメント欄が本当の爆発を起こした。
『(VC)……うっ……。ひっく……』
凛音(春日さん)が、VC(デジタル)でも泣いている。
『(VC)……み、みんな、ありがとう……!』
『(VC)……Kanata、先生……!』
「(VC)……ああ」
俺はボイチェン越しの低い声で……今日一番優しい声で、言った。
「(VC)……悪くない、『魂』だった」
『(VC)……! はいっ……! ありがとうございました……っ!(号泣)』
『(地声)うわあああああああん!(大号泣)』
(ああ、もう、うるさい!)
「(VC)霧島さん。俺の仕事は終わった。……後は頼む」
俺はそれだけ告げて一方的にVCを切断した。
「…………ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
俺は床(リビング)に大の字になった。イヤーマフとヘッドホンを外す。左の壁からは、まだ春日さんの絶叫(という名の号泣)が響いている。
ソファから智也が降りてきた。
「おい、彼方」
「なんだ」
「お前、……やっぱすげえよ」
「なにが」
「いや。……曲も、……あの『殴り合い』の返しも」
智也は笑いをこらえきれないという顔で言った。
「……あと、その、『イヤーマフ』姿もな」
「うるさい。……帰れ」
そう言って智也を夜明けに帰らせた
俺の人生で最も長く……そして最も奇妙な生配信が終わった。
(もう、二度と、やらん)
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