第14話 天才作曲家と(敵陣の)闇鍋
「さあ! 鍋できたよー!……あ、でも、ごめん!白菜、買い忘れちゃった!」
(……そっちかよ)
「でも、お肉とキノコと特製のつみれはいっぱいあるから!」
ローテーブル(ぬいぐるみで半分占拠されている)に、カセットコンロと土鍋が置かれた。グツグツと湯気が立っている。
(……ん?)
俺は鍋の中身を見て固まった。肉。キノコ。豆腐。そしてその中央に鎮座するいくつかの謎の「紫色の球体」。
「(なんだ、あれは)」
「(彼方。あれ、ブルーベリーじゃないか?)」
(なんで鍋にブルーベリーが入ってるんだ)
(まさかさっきのあの甘い匂いの正体……!?)
「はい、どうぞ!あ、ポン酢、ポン酢……。あった!」
春日さんが小皿と一本の瓶を差し出してきた。
(頼む。ポン酢であってくれ)
俺は意を決してその「鍋」を小皿に取り口に、運んだ。
「…………」
(味が、濃い)
(いや違う。ポン酢が濃い)
(こいつポン酢と間違えてやっぱり、『めんつゆ(ストレート)』出してやがる……!)
「ん!? しょっぱ!」
俺より先に口にしていた智也が素直に叫んだ。
「ひゃっ!?う、嘘!?本当だ!ご、ごめんなさい!こっちだ!ポン酢!」
春日さんが慌てて別の瓶を持ってくる。
「あ、でもこっちの『特製つみれ』は味ついてないからめんつゆ(ストレート)でも美味しいかも!」
(嘘だろ)
春日さんがニコニコしながらその「紫色の球体」を俺の小皿に乗せてきた。
(食うしか、ないのか)
俺と智也は無言で頷き合いその「物体X(ブルーベリー入りつみれ)」を口に放り込んだ。
「…………」
「…………」(智也)
(甘い……そして、生臭い……鶏肉の生臭さとブルーベリーの酸味が口の中で最悪の不協和音を奏でている……!)
「ど、どうかな?合うでしょ!?私のオリジナル!」
「ああ。独創的(オリジナリティ)だな」
「……(彼方。お前、よく言えたな)」
俺はお茶(幸いただの麦茶だった)ですべてを胃に流し込んだ。
(疲れる)
(この部屋、一分いるだけで疲れる)
◇
地獄の(物理的な)闇鍋タイムが一段落し、俺はある「ミッション」を実行することにした。
「春日さん。トイレ借りる」
「あ、はーい! 廊下の突き当たりー!」
「(……お、彼方。敵陣の、探索か?)」
智也がニヤリと笑う。
俺はリビングを出て廊下を進む。
(トイレはこっち、か……その手前。クローゼット)
俺はトイレに行くフリをして春日さんの「配信ブース」以外の場所(クローゼット)を素早くチェックする。
(あいつ、機材は『推し活』で偽装した……だがまさか『衣装』までは偽装できないだろ)
俺はクローゼットの扉に手をかけ……。
(……いや、待て。さすがにマズい……プライバシーの侵害だ)
俺が葛藤しているとクローゼットの扉の下、五センチほどの隙間から。白いフリフリの、「レース」のような布がはみ出ているのが見えた。
(あれは)
見覚えがある。『白亜凛音』のキービジュアル(立ち絵)であいつが着ているあの天使の衣装の裾だ。
(バカ!バカ!バカ!……隠しきれてない!はみ出てる!)
(俺(彼方)が気づいたってことはもし別の(何も知らない)ヤツを部屋に入れたらどうするんだ!)
俺は頭を抱えた。
(こいつ偽装工作(ハイド)、雑(ザル)すぎるだろ……!)
俺はトイレから戻りリビングのローテーブルに着席した。鍋の湯気で曇った春日さんの顔がさっきよりも暗くなっていることに気づいた。
(ん? どうした)
「……あ、あのね。二人とも」
春日さんがおそるおそる切り出した。
「私、金曜日にすっごく大事な『本番』があるって言ったでしょ」
「……ああ」(俺)
「(ポンコツ偽装のことか?)」(智也)
「うん。あのね、私の『推し』の凛音ちゃんが……ついに、デビュー配信するの!」
「お、マジか! ヤバいじゃん!」(と、智也が、わざとらしく、驚く)
「……うん。ヤバい……。しかもね」
春日さんの顔が急に暗くなった。
「その、デビュー配信で……あの『Kanata』先生と生対談するらしいんだ」
「へえ。そりゃ、すげえな」
俺はあくまで「天音彼方」として興味なさそうに相槌を打つ。
「私、今から自分のことみたいに緊張で死にそう……」
「(……『みたいに』じゃなくて、『自分のこと』なんだよな)」
「私、凛音ちゃんが金曜日のレコーディングの時もガチガチになっちゃったって、配信で言ってるの聞いちゃって……」
「(……うわ。うまい言い訳しやがる)」
「凛音ちゃん、生放送でまた頭、真っ白になって変なこと言わないかな……。『Kanata』先生に、幻滅されたらどうしよう……! ああ、ファンとして心配すぎる……!」
静まり返る502号室。鍋のグツグツという音だけが響く。智也が俺の顔をチラリと、見た。
(『おい、師匠(彼方)。出番だぞ』。……目がそう言っている)
(クソ)
俺はため息を一つついた。これは俺(Kanata)が撒いた種。刈り取るのは俺(彼方)の仕事だ。
「……ねぇ、彼方師匠」
春日さんが俺の顔をじっと見る。
「なんだ」
「どうしたらいいと思う?私の『推し』、緊張しないで頑張れるかな?」
「(知るか。こっち(俺)もお前との(壁越し)対談で緊張(胃痛)で死にそうなんだよ)」
俺は残っていたキノコ(ブルーベリー味)を食べた。
「緊張しない方法なんてないだろ」
「えー」
「だがお前の『推し』には金曜日、『Kanata』がついてるんだろ」
「……!」
春日さん目に光が宿った。
「それに『メンタル師匠(俺)』の弟子であるお前(春日さん)がファンとしてついてる」
「私、が……?」
「お前、金曜にチャットしただろ、俺が」
「……(レコーディング中に俺が送った)あのアドバイス、『推し』にも教えてやれ」
「……っ! ……うん!」
春日さんの顔がパアッと明るくなった。
「そっか! そうだよね!私が、『推し(凛音)』に、『声(タマシイ)で、殴りつけろ!』って応援コメント送ればいいんだ!」
「(いや、生対談(トーク)で殴りつけてどうするんだ……。歌じゃないんだぞ……)」
(ダメだ。こいつ俺の苦し紛れのアドバイスをまた盛大に勘違いして変なスイッ
チ入れてやがる)
「よーし!私、頑張る!『推し(凛音)』が『Kanata』先生に『声(タマシイ)』を
ぶつけられるように応援する!」
「(ああ。もう知らん。好きにしろ)」
「あ! 彼方師匠!夏目くん!お肉まだあるよ!食べて!」
「お、マジで。じゃあお言葉に甘えて……」(智也)
地獄の(物理的にも、精神的にも)鍋パーティーは、春日さんの謎の「覚醒」によって幕を閉じた。
◇
夜九時。俺と智也、自室(501号室)に、戻ってきた。
「おい彼方。お前春日さんに何教えてんだよ。『声で殴りつける』って……」
智也がソファに沈み込みながら呆れている。
「うるさい。事故だ」
「金曜日、どうなるか見ものだな。お前(Kanata)が凛音に、『声(タマシイ)』で殴り殺されるかもな」
「……縁起でもないこと言うな」
(……ん?)
その時左の壁から音が聞こえた。
(あいつか?)
「……あー、あー!マイクテス!マイクテス!」
(始まった。配信準備か)
「こんりおーん!みんな、こんばんはー!白亜凛音だよー!えーっと!今日は、大事なお知らせがあります!」
(……ん?)
「なんと!今週の金曜日!私、白亜凛音、……ついに『デビュー配信』、決定しましたー!」
(ああ。告知、か)
(こっちはもう知ってる)
「そして!なんと!そのデビュー配信に……」
「私の神!『Kanata』先生がゲストで来てくれることになりましたー!!」
ドンッ!!!!
(……っ!?)
壁が揺れた。あいつ興奮しすぎて今、壁蹴っただろ。
「うおおおおお!ヤバい!ヤバいよ、みんな!私、Kanata先生と生で喋るんだよ!
『声(タマシイ)』で殴り合いするんだよ!」
「(だから殴り合いじゃねえよ!)」
俺は智也と顔を見合わせた。
(ダメだ。あいつ完全に燃えてやがる)
Amazonから届いたばかりの小さな段ボールが目に入った。中身はもちろん 『最強のイヤーマフ(工事用)』だ。
俺はその無骨な防音兵器を静かに握りしめた。決戦の金曜日まで、あと二日。
……金曜日。俺は、こいつ(イヤーマフ)と心中するらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます