EP 10
『反共の盾(ラスト・ギャンブル)』
1944年11月、ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領執務室は、絶望的な重苦しさに包まれていた。
フランクリン・D・ルーズベルトは、辛うじて4選を果たした。
だが、それは「勝利」ではなかった。パナマ運河の破壊と、マリアナ沖での歴史的惨敗は、共和党のデューイに猛烈な追い風を与えた。FDRは勝ったが、議会での支持を失い、その権威は地に堕ちた。彼は今、病身に鞭打ち、ただ「戦争の終結」という一点だけに執着していた。
「……信じられん」
陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルが、マリアナの戦闘詳報を叩きつけた。
「日本の防空網は、我々の3年先を行っている。レーダー、高高度迎撃機、そしてVT信管のジャミング……。スプルーアンスは、まるで未来の軍隊と戦ったようだと報告している」
海軍作戦部長アーネスト・キングが、苦虫を噛み潰したように言った。
「パナマが死んだ今、本土侵攻(ダウンフォール作戦)は、早くとも1946年春まで不可能だ。そして、あの防空網を相手に上陸すれば、我が軍は100万の死傷者を出すだろう」
FDRは、震える手でタバコに火をつけた。
「……東條だ。あの男が、真珠湾の直後に変わった。我々の諜報網は、彼が『技術総力戦本部』なるものを設立し、狂ったように技術開発を進めていると報告している。ドイツからの情報だというが……」
FKAは、部屋の隅に座る男に視線を向けた。
レスリー・グローヴス准将。マンハッタン計画の最高責任者だ。
「グローヴス君。君の『玩具』は、どうだ」
「ミスター・プレジデント。デバイス(爆弾)は、来年(1945年)7月には確実に完成します」
「だが、どう運ぶ!」キングが叫んだ。「B-29(スーパーフォートレス)は、マリアナ(基地)を失った! 中国大陸からは、航続距離が足りん!」
「……一つだけ、方法があります」
グローヴスは、冷たい声で答えた。「空母です。B-25(中型爆撃機)を改造し、爆弾を搭載。空母から発進させ、帝都に投下する。ドゥーリトル中佐がやったことの、究極版です」
それは、片道燃料の「特攻」だった。
FDRは、深く目を閉じた。「……他に、道はないか」
1945年1月、東京。
マリアナ勝利の熱狂が冷めやらぬ中、坂上真一(東條英機)は、再び「冷水」を浴びせる行動に出た。
彼は「大東亜会議」を再招集したのだ。
マニラ(フィリピン)のラウレル、ビルマのバー・モウらが、勝利国の盟主として来日した東條の前に並ぶ。
彼らは、アジアの解放者に感謝を述べようとした。だが、東條(坂上)の口から出たのは、予想外の言葉だった。
「諸君。我々は、西欧の植民地支配という『第一の脅威』を、マリアナで打ち破った」
彼は、演壇からアジアの指導者たちを見据える。
「だが、安堵するのは早い。我々の北には、文明と自由を喰らう『第二の脅威』が存在する。……ソビエト・共産主義だ」
会場が、ざわめいた。
「欧州は、間もなく赤化するだろう。彼らの次なる狙いは、我々アジアだ。今こそ、大東亜共S栄圏は、その真の目的を果たす時が来た!」
坂上は、拳を突き上げた。
「これより、大東亜共栄圏は『アジア反共防衛同盟』へと発展的に改組する! 我々は、米英の帝国主義と、ソ連の赤化、その両方からアジアを防衛する『盾』となる!」
これは、全世界に向けた「放送」だった。
特に、ワシントンのFDR(あるいは、彼が失脚した場合の後継者)に向けて。
「(聞いているか、ルーズベルト)」
坂上は、内心で呟く。「(俺たちは、お前たちの『敵』ではない。ソ連という共通の脅威に対抗できる、唯一の『パートナー』だ。これでもまだ、無条件降伏を要求するか?)」
ミッション(講和)のための、最大の布石が打たれた。
1945年7月16日。ニューメキシコ州、アラモゴルド。
人類最初の核爆発が、砂漠の空を白く染め上げた。
「(……成功した)」
グローヴスは、神への恐怖と、日本の敗北を確信した。
同日、重巡洋艦「インディアナポリス」は、核爆弾(リトルボーイ)の主要部品を積み、サンフランシスコを極秘裏に出航した。
目的地は、空母部隊が集結するフィリピン沖――その中継地点、テニアン島(※史実の投下基地)……ではなく、米太平洋艦隊の最大拠点、ウルシー環礁だった。
だが、坂上真一(東條英機)の「予言」は、そこまで見通していた。
彼の21世紀の記憶(データ)では、「テニアンへ向かい」、その「帰路」、フィリピン海で撃沈された。
目的地がウルシーに変わろうが、テニアンに向かおうが、「フィリピン海(マリアナ海域)を単独で航行する」という、最も重要な「条件」は変わらない。
坂上の「総理大臣(俺)の狂気じみた予言」を信じた潜水艦部隊は、この海域に「網」を張っていた。
1945年7月30日、深夜。フィリピン海。
伊号第五八潜水艦(I-58)。艦長、橋本以行(はしもと もちつら)。
「前方に感! 単艦! 敵巡洋艦と思わる!」
見張り員の声が、潜望鏡を覗く橋本の背中に突き刺さる。
(……単艦? 巡洋艦が、護衛もつけずに?)
通常の戦術ではありえない。罠か?
だが、橋本の脳裏に、半年前、全潜水艦隊に下達された、あの「狂気の命令」が蘇った。
『1945年夏、マリアナ海域ヲ「単独」デ航行スル「巡洋艦」ナリ。コレヲ、全勢力ヲモッテ、必ズ撃滅セヨ』
『総理大臣・東條英機』
「(……これか!)」
橋本は、全身の血が沸騰するのを感じた。
「全門、魚雷戦用意! 目標、敵巡洋艦『インディアナポリス』!」
漆黒の海に、6本の酸素魚雷が吸い込まれていった。
数瞬の静寂。
そして、夜の海を真昼のように照らし出す、三条の巨大な水柱が上がった。
米重巡洋艦「インディアナポリス」は、搭載していた「人類の罪(原子爆弾)」と共に、フィリピン海溝の深淵へと、轟沈していった。
『一佐・坂上、東條英機にて「終戦(ゲームセット)」を再設計(リブート)す』 月神世一 @Tsukigami555
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