初夏、君色に染まる

パ・ラー・アブラハティ

第1話

 青春。未熟で青臭くて、自分という存在の曖昧さに憂う大人への道。

 誰もが大人になりきれない、大人になりたいと願う多感な時期。それは当然ながら僕にもあった。

 そんな多感な時期に君という、過去と今に揺れる光を見つけた。

  これは僕が君と大人に染まる。中学三年生の頃の話だ。


 ◇◇◇◇◇


 廊下や教室の至る所には閉鎖的な空気が漂っていて、カーストというものが存在していた。

 息苦しさ、ともまた違う居心地の悪さ。

 ステータスが低いものは隅に追いやられ、高いものは我が物顔で歩く。

 人は産まれた時に優劣なんて言葉を知らない。なのに、成長するにつれて「あの人は下」という意識を持ってしまう。

 もし、その意識の芽生えを「成長」だと言うのなら僕は欲しくなんかない。

 世界が狭くなって、信号の点滅のように進むにも進めない気持ち。わだかまりはじんわりと沁みていく。

 中学三年生なのだから「大人」になりなさい。これからきっと、共通の課題として突き付けられる言葉。

 「大人」になるってなんなんだろう。

 そんな事ばっかり思っていたら、カレンダーは五月になっていた。受験戦争が本格的になって、授業の内容も難しくなっていく。嫌でも未来は迫って、焦燥が波打っては返す。

 

 僕は今日もクラスの空気から浮いて、外ばかりを眺めていた。どこかのグループに所属する訳でもなく、桜が散って新緑を纏う木々を、梅雨の背中が迫った曇天空と共に見る。

 ホームルーム開始のチャイムが鳴って、視線を教室に移す。

 先生はこほん、と咳払いをして喋り始める。


 「あ〜、今日は我がクラスに新しい仲間がやってきます。入ってきて」


 間延びした先生の言葉に教室はザワザワと騒がしくなる。

 何人かは、転校生を見たようで自慢げにしていた。

 後ろの席のやつは「俺見たけどさ、可愛かったぜ」と。

 斜めの席のやつは「お人形さんみたいだった」って。

 僕は人が一人増えるだけで何を騒ぐ必要があるのかと、ワクワクはしていなかった。

 けど、扉を開けて入ってきた転校生を見た瞬間、教室の空気が季節の変わり目のように、はっきりと違うものになったことが肌に伝わる。

 栗色の髪を靡かせて、セーラー服が嫌ってほどに似合う可憐な少女が入ってくる。

 

 「それじゃあ、軽く自己紹介を」


 先生が自己紹介を促す。

 すぅっ、と空気を吸う音が静かに聞こえて、そっと放たれた梅雨前の陰気さを飛ばす透き通った声。

 それは、場の空気をまた一変させる。


 「今日から三年四組で皆と過ごす、花川凪です。趣味は身体を動かすことで、運動は好きです。短い間ですが、よろしくお願いします」


 花川凪と名乗った君はぺこりと頭を下げる。


 「席は藤近と言っても分からないか。ほら、あそこの男の子の横。藤近、手を挙げて分かりやすくしてくれ」


 そっと静かに頬の辺りで手を挙げる。転校生に集まった視線が僕に注がれたような気がしたけど、気のせいだろう。

 空いていた横の席に君が座って、ふわりと香る甘い匂いが鼻の奥をくすぐる。


 「まあ、花川は分からないことが多いと思うからみんな色々と教えてあげてくれよ。じゃあ授業始めていくぞ」


 曇天模様に染まった薄暗い教室の空気を変えた転校生。

 授業が始まったというのに、クラスはどこか上の空で、リズム良く刻まれていくチョークの音も君への関心に比べたらどうでもいいみたいだ。

 転校生という、日常の中で起こる些細なイベント。

 代わり映えのない、つまらない日常のモノクロ映画に追加されたカラーのような存在。

 何となく視線を横に移すと、目が合ってしまう。すぐに僕は黒板に視線を移す。

 目なんて合ってない、と言わんばかりにノートの余白にペンを走らせて文字で埋めていく。

 授業終了のチャイムが鳴る。転校生が気になって仕方ないクラスメイトは一斉に君のところに集まり、各々が好き勝手に質問を投げかける。


 「どこから来たの?」

 「趣味は?」

 「あのアーティスト好き?」


 息のつく暇もないほどの、言葉が君を襲う。

 それのどれにも君は笑いながら返していて、楽しそうだ。

 そんな、和気あいあいとした空気がどこか居心地悪くて、僕は逃げるように廊下に出る。廊下にはいつもの空気が流れていて、ほんの安心感があった。

 教室から離れようと思い、トイレに行く。

 しばらく歩いていると、後ろの方から駆けてくる足音が聞こえる。振り返ると君がいた。


 「何か用?」

 「君が気付いたら消えてたから追いかけてきた」

 「……追いかける必要あった?」


 別に嫌って訳では無いけど、僕を追いかけたところでなんの意味があるのだろうか。

 

 「あるかないかで言われると分からないけど。でも、まあいいじゃん」


 何かを隠したいのか分からないけど、言葉を濁しながら君は喋り続ける。視線も右往左往していて、どこを見ているのかさっぱりだった。

 

 「なにそれ。特に用がないなら行ってもいいかな」

 「あ、ごめんね。あ、えっと」

 「藤近薫。じゃあ、行くね」

 「うん、ありがとう。じゃあね」

 

 適当に返事をして、僕は会話を切りあげる。

 トイレの開け放たれている窓から、顔を出す。

 生温い湿気混じりの風が肌を撫で、曇天の空を見上げる。

 相変わらずの、灰色の空。教室は転校生というイベントで晴天の雰囲気なのに、外の雰囲気はまるで違う。表すなら、人の心の裏と表みたいで。

 休み時間が終わりそうになって、僕は教室に戻る。

 君はまだ囲まれてて、僕の席にまで侵食されそうになっていて、声をかけてどいてもらう。

 横目に映る君の顔を見ながら、奥の方に不満気な顔をした女子生徒が視界に入る。

 元々、クラスの中心にいた人物は突然現れた話題の種をよく思っていないようで、嫌な視線をずっと送り続けている。言いたいことがあるなら、直接言えばいいのに、と心の中でぼやく。

 時間の針は進んで、気が付けば昼休み兼給食の時間になる。

 僕の学校は中学校でありながらも、お弁当を持参して食べるという珍しい形を取っていた。

 そのため、仲のいい友達などが居ないと一人ぼっちになって、一人で寂しくご飯を食べることになる。

 もちろん、僕は一人ぼっち側の人間。

 でも、僕は心が安らぐ場所を確保していた。人が居なくて、世界から切り離されている憩いの場。鞄からお弁当を取り出して、廊下を歩いて憩いの場へ向かう。

 僕の三年四組は南校舎にあるが、東校舎へ足を伸ばすと屋上へ続く階段がある。

 だけど、危険という理由で立派な門が作られていて、誰も侵入できないようになっている、というのが生徒達の共通認識だ。

 けど、僕はある日知ってしまった。門の鍵が壊れて中へ入れることを。

 もしかしたら、屋上へ行けるのかな、と思って、挑戦したことがある。でも、流石に屋上へ続く扉はしっかりと施錠されていた。

 バレたら怒られる危険性をはらんではいるけど、その日から僕はそこを憩いの場と勝手に名付け、お弁当を食べていた。

 

 「……こんなところあるんだ」


 後ろから声がして肩がビクッと跳ね上がる。振り返ると、お弁当を持った君がピタリと背後を取っていた。

 

 「……どうしているの?」

 「みんなと話していたら、君だけがそそくさと教室を出ていくから気になって着いてきちゃった」


 屈託のない笑顔で、お弁当を顔の前にあげながら君は言う。

 君の少しだけ震える肩を見ながら、告げ口される危険性が脳裏をよぎる。

 どうしよう、そう考えていたら君がおもむろに口を開く。


 「ねえ、ここって見た感じ入ったらダメな場所でしょ? 黙ってて欲しいなら、私もここでお弁当食べさせて」


 悪戯げな笑みを浮かべて、答えが一つしかないことを理解しているかのような、口ぶりは僕に有無を言わせない。君が憩いの場に異分子として入り込んで、二人でお弁当を食べることが決まってしまう。

 君から離れた位置で、言葉も交わさずに黙々とお弁当をつついていたら、声をかけられる。


 「ねえ、なんで離れているの?」

 「なんとなく」

 「何それ?」


 君との距離は扉を一枚挟んだ程度。

 別に君と近付きたくないとか、そんなわけじゃない。人との距離感が、いまいち分からないから離れているだけ。

 でも、それが君にとっては不思議なようだった。


 「どうせなら何か話そうよ」

 「ん、まあ。それぐらいなら別にいいけど」

 「本当? あ、じゃあさ好きなご飯とか教えてよ」


 君がじわじわと距離を縮めて、肩がほんの少し動けば当たる距離になる。


 「好きなご飯? グラタンとか」

 「グラタン! 私はね、エビグラタンが一番好き」

 「僕はグラタンなら何だっていいかな」


 交わす言葉が増えていく度に、段々と話すのが面白くて楽しくなっていく。お弁当の中は、気付くと空っぽになっていた。一人ぼっちだった場所に、二つの笑い声が木霊する。


「あっ、そろそろ、昼休み終わるかも」


 いつもの何となくの感覚で、昼休みが終わる気がして僕は立ち上がる。

 すると、君が上目遣いで僕の瞳を見つめて濡れた子犬のような弱さを見せながら「ねえ、ここは私と君だけの秘密だよね?」って言ってくる。

 

 「じゃないと、君も先生に怒られるよ」

 「じゃあ、二人の秘密の場所だね」

 「んまあ、そうなるね」

 「じゃあ、今日からここは私と君の共有スペースってことだね」


 扉から漏れる光に照らされて、君はヒョイっと階段を一番降りて、ニコリと口角を上げる。

 折角、見つけた憩いの場は異分子によってばらばらにされてしまった。

 けど、心の奥底では「一人じゃない」ことをほんの少しだけ喜んでいる僕もいた。

 帰る寸前にトイレに行きたくなって、先に戻ってもらう。トイレを終えて、廊下を歩いているとあの嫌な視線を送っていた女子とすれ違う。


 「転校生だからって、調子乗られるとうざいよね」

 「わかる〜」


 取り巻きが言葉を肯定して、上辺の笑みを浮かべている。僕は通過する言葉に目を瞑って、教室へ帰る。先に帰った君はまた囲まれて、談笑に弾んでいた。

 席について、外の景色を見ながら時間は過ぎて、放課後になる。

 クラスメイトが友達と笑い合い、教室を後にしていくのを見ながら、僕も鞄を持って教室を出ようとすると先生に呼び止められる。

 今日は図書委員の仕事があるから早く行きたいのに、と思いながら振り返ると、何故だが横に君が立っていた。


 「藤近、今日から花川も図書委員になることになったから」


 簡潔にサラッと先生が言う。


 「え、どうしてですか」

 「どうしてって、空いていた委員会がここしかなかったからな」


 図書委員は本来二人一組でやるのが通例だったけど、僕のクラスは人が少ないから一人で図書委員をやることが許されていた。

 だから、好きなことが出来て自由で良かった。

 でも、それはもう出来そうにない。君が図書委員になってしまったから。

 僕は少しだけ不服だったけど、先生に異議を申し立てることも出来ないから、受け入れるしか無かった。

 

 「まあ、そういうことだから頼んだぞ」

 「はあ……」


 そう言って、先生は教室を出て行ってしまう。

 取り残された僕は君を見て、溜息を一つ吐く。


 「なんで溜息つくのさ」

 「いや、なんでもないよ。図書室に行こうか」


 溜息をつかれたことが許せない君が、僕の横を歩く。

 雲が少しだけ晴れて、漏れ出す陽光。廊下に木霊する部活動生の声。それは青い春を感じさせる。

 一言も喋ることないまま図書室に着いて、扉を開けると紙の優しい匂いと静寂が僕らを包む。


 「あれ、誰もいない」


 伽藍堂とした静かな図書室はいつも通り。

 静かな世界には、学校のあらゆる音が反射して、放課後のオーケストラが音を奏でる。


 「放課後に解放されていることを知ってる人がそもそも少ないからね」

 「みんな本を読まないの?」

 「それは知らないさ」


 僕は机に鞄を置きながら、君にも置くように促して一通りの仕事を説明する。

 

 「仕事って言っても、そんなに難しくないから安心して」

 「どんなことするの?」

 「借りに来た人がいたら、そこのパソコンで入力して、返却日時を伝えて終わり」


 机の上に置かれているふるぼけたパソコンを指差して説明する。

 君は頷いて、理解したようだった。

 

 「簡単だね。やったことはある?」

 「ない」


 図書委員になって三ヶ月が経ったけど、僕は一度も情報を入力したことがなかった。それに、人が放課後にここへ来る姿も見た事がない。放課後にわざわざ図書室に来るのは、相当な物好きぐらいだと思う。

 僕は君に仕事を教えてすることがなくなり、鞄から小説を取り出す。


 「本好きなの?」

 「ん、好きだよ」

 「へえ、本の虫ってやつ?」

 「あ、いや、べつにそこまでじゃないけどね」

 「本かあ……」

 「君は読んだりしないの?」

 「私? うーん、私は読まないかなあ。字を見てると眠くなっちゃう」

 「読んでみたら?」

 「え〜。あっ、じゃあ、オススメある?」


 そう聞かれた僕は持っていた本を閉じて席を立つ。

 オススメか。君は本を読まないタイプらしいから、あまり難しくない方がいいよな。なら、あれがいいか。

 僕は奥の本棚から「雛鳥」と書かれた小説を手に取って君の元へ持っていく。


 「はい、これ。面白いよ」

 「雛鳥?」

 「初めて読むなら一番いいと思うよ。借りて、家でゆっくりと読みなよ」

 「じゃあ、借りようかな。あ、ねえ君がしてよ」

 「ええ、面倒臭いから自分でしてよ」

 「いいから、ほら」

 

 背中を押されて、無理矢理パソコンの前に座らさせられる。面倒臭いけど、パソコンに必要な情報をタイピングしていく。一通り処理が終えて、君の方に向き直す。


 「はい、一週間後までに返してね」

 「初めての仕事だね」

 「そうだね、まさか最初が君なんてね」

 「何、不服?」


 ギロリと威圧的な瞳。あどけなさが怖さを打ち消して、僕は両手を上げながら「まっさか」と笑いながら言う。


 「ほんとに?」

 「ほんとだよ」

 「なら、許してあげる」

 「多分だけど、誰も来ないと思うから好きにしてていいよ」

 「じゃあ、これ読もうかな」


 君は表紙を優しくひと撫でして、パラリと細い指先でページを捲る。

 図書室に溢れる二人だけの呼吸音。

 パラ、パラ、紙が捲れ、呼吸が混じり宙に舞っていく。視線を小説から君にチラッと移す。ビードロの瞳は活字を必死に追っていた。栗色の髪が太陽に映えて、肩で揺れて、僕はそっと視線を小説に戻す。

 文字だけの世界は美しく、雑音が無い。流麗で洗練された言葉が連なり、一つの世界となる。僕はそれがたまらなく好きだった。些細な表現一つ取っても、そこには作者の苦悩が見え隠れして。誰かの苦労が洗練された世界には、汚いものも綺麗なものも全てが愛おしく思わせる。

 小説の世界に浸っていたら、横からバリボリバリボリと何かを噛み砕く音がする。なんの音だろうと思い、横を見てみると、君が美味しそうにお菓子を頬張り込んでいた。嘘みたいな光景に驚いて目が飛び出してしまいそうになってしまう。


 「何してんの!?」

 「ん、おやつ食べてる」

 「……ここ学校だよ? 分かっているよね?」

 「美味しいよ、食べる?」

 「せめて会話はして……」


 平然とおやつを食べていると言い放って、ケロリとした顔で鈴のような笑い声を響かせる。バリバリとお菓子を食べて、小説は机の上に放置されてしまって、悲しそうに天井を仰いでいた。

 僕が何も言えずにいると「あ、やっぱりたべたいんでしょ?」と言ってきてお菓子をぐいっと顔の前に。


 「食べたいわけないでしょ、校則でダメって言われてるんだよ?」

 「入ったら行けない場所に入ってるのに、今更そんなこと言うの?」


 なんとも言い返せない正論で顔面を殴られて、それ以上の言葉は喉から出てこなかった。

 美味しそうに食べている君の顔を見ていると、僕のお腹も食べたいと言い始めてしまう。

 でも、ここで負けてしまったらダメだ。

 そう、言い聞かせていたのに僕は君からお菓子を貰ってしまった。


 「美味しいでしょ?」

 「認めたくないけど、美味しい」

 「素直になりなよ〜。でもさ、これで君と私は共犯者だね」


 空は気付けば晴れて、射し込む橙色の陽光に照らされる、君の顔が僕の瞳を貫き、身体中を駆け巡る。

 にしし、と口角を悪戯げに上げて、ビードロの瞳はコロリと光る。

 君は、小説の世界から飛び出してきたかのようで。でも、そんなわけない。有り得ない錯覚すら覚えてしまうほどに美しく可憐で、優しく脳裏に焼きつく。

 僕らは罪の意識を持ちながら共犯者となり、十七時まで委員会の仕事をこなす。先生に図書室の鍵を渡して、僕らは学校を後にする。

 すっかりと空は夕暮れに染まって、白かった雲は橙色になりカラスが解けてゆく。


 「いやあ〜、疲れたねえ」

 「疲れたってお菓子バリバリ食べてただけでしょ」

 「君だって食べてたくせに」

 「ご馳走様でした」


 人気が少なくなった星が降る前の町。街灯がポツポツと僕らの足取りを作っていく。


 「あ、言い忘れていたけど図書委員は火曜日と金曜日だけだから覚えておいて」

 「りょうかい〜」


 横を君が歩いて、僕らは他愛をない会話を街に溶かす。

 交差点の赤信号が、僕らの別れの合図。ここからは、違う道を行く。


 「じゃあね〜。また明日」


 君が手を振って、僕に背中を見せる。

 僕は背中に 「バイバイ」とかけた。


 ふぅっと息を吐いて、張り詰めていた糸を解く。人といると知らず知らずのうちに気が張りつめてしまって、精神が摩耗してしまう。

 けど、君といるのはあまり悪い気はしていなかった。顔を上げて空を仰ぐ。ゆったりと流れる雲に目をやりながら、僕はまた静かに歩き出した。

 家に帰ると母さんが出迎えてくれる。適当に返事をして自分の部屋に行く。制服をベットに脱ぎ捨て、ダル着に着替えてから日課の日記を付ける。


 『今日は転校生がやってきた。とても可憐で西洋人形のような子だった。性格も溌剌としていて、気持ちがいい。あれは色々な人に好かれるタイプだ。僕とは、違うタイプだ。それに、一日だけだけど一緒に居て楽しかった』


 ペンを置いて、天井を見上げる。

 気が付けば日記の冊数は増えて、本棚に置かれた小説といい勝負をしていた。

 僕がこうして一日の出来事を書いているのは、今が過去になって、記憶から朧気てしまうことが怖いから。

 だから、忘れてしまっても思い出せるように、と書くことを欠かさない。

 パタリと日記を閉じて、僕は勉強に切替える。

 時間も忘れて向き合っていると、すっかりと外の模様は墨汁をひっくり返してしまったかのように真っ暗になっていた。凝り固まった体をグイッと伸ばす。筋が伸びて、疲れた目は眠気を誘わせる。

 少しだけ休憩をしていると母さんから「夜ご飯よ」と呼ばれて、僕はそのまま夜ご飯を食べて、また勉強して次の日に備えて眠る。

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