Till Blood Do Us Part ──愛が誓いを越えるとき、祈りは血に反転する──
6月流雨空
第1話 血の誓い──永遠の契約
「──もう僕たちの関係は終わったんだ」
彼は氷のように冷たい声で私を突き放す。
書斎の扉の前で佇む私は一冊の本になったように、言葉を綴っていく。
「これで終わりだなんて決めつけないで」
踵を返して自室へ戻った。
私のお気に入りのダブルのベッドへ体を沈み込ませる。
昔は彼もお気に入りだったベッド。スプリングが軋んで音を立てる。
「馬鹿にしないで。選択肢は平等にあるのよ」
──そうよ。彼が私を選ばないなら、私が彼を選ぶわ。
──だって、神様の前で永遠の愛を誓った夫婦だもの。
首元で銀の鎖がしゃらりと音を立てて滑り落ちた。
私は神に誓って不貞を働いていない。
罰せられる罪を一つも犯していません。
鎖を握りしめる私は体を丸めて祈りをささげる。
「贖罪ではなく、祝福を──」
彼を責めたりしない。移ろいやすいのは季節も恋も同じなのね。
けれど、誰も季節を責めたりしないわ。
──巡れば望む場所に帰ってくるもの。
☆☆☆
翌日、僕は親友を自宅に招いて相談していた。
「奥さんが別れてくれなくて困っているって? そりゃ羨ましい話にも聞こえるけどね」
冗談じゃないと、僕はため息を吐き出した。
「悪いのは僕だよ。他に好きな人ができたんだ。それだけじゃない。もう彼女のお腹には僕たちの子供がいるんだよ。そんな男、普通なら慰謝料を請求して向こうから離婚話を切り出すだろう」
リビングのソファーで寛ぐ親友はそうとも限らないんじゃないかと、暢気にのたまう。
「君たちの間には子供ができなかったんだろう? 女性は嫉妬深いものだよ。相手の女性に子供ができたと知ったら、やけになって意地でも旦那だけは渡すもんかって思うかもしれない」
確かにその意見には一理ある。
あの鎖もまだ首にかけていた。
妻が離婚を拒んだ理由には一応、納得はできた。
「しかし、理解し難いよ。僕の方は妻への愛は冷めきっていると何度も伝えているんだ」
「ひどい奴だな。俺ならぶん殴ってから慰謝料を請求するよ」
「そうしてくれた方がどれだけ幸せか──」
息を止めた。妻が自室から降りてきてリビングに顔を出したからだ。
「あら、お客様? いらっしゃい」
親友は青ざめた顔で妻の姿を見ると、金縛りにあったかのように固まった。
「気づかなくてごめんなさい。今、お茶を出しますね」
妻は何事もなかったように妻としての仕事をこなしている。
「い、いや、俺の方こそ気づかなくてごめんよ! それじゃ、この辺でお暇するよ!」
「お、おい! この状況を解決する相談に乗ってくれるんだろ!」
「あとで電話するから!!」
そう言い残して親友は飛び出す勢いでリビングから出て行ってしまった。
お茶を用意して戻ってきた妻は不思議そうな顔で湯飲みをテーブルに乗せていく。
「お客様はどこに行ったのかしら?」
「帰ったよ。そりゃそうだろ。君がこの家にまだ居るのは異常なんだ」
妻は不服そうな顔で首元にぶら下がる銀の鎖を握りしめていた。
「またその話? 私にも選択肢はあるのよ。もう居ないなんて決めつけないで」
背筋を虫が這うようにぞわぞわと不気味な感触が撫で上げていく。
額からは脂汗が噴き出して止まらない。
「い、居ないだろ! もう終わったんだよ!」
ズボンのポケットで携帯が震えていた。
僕の手も震えたまま、笑みを浮かべる妻の前で電話に出る。
『いやすまん! 俺の勘違いだったよ! 確かに君の奥さんは異常だ!』
相談すれば僕も無事じゃいられないとわかっていた。
だから今までは誰にも相談できずにいたけれど──もう限界だ。
「そうだよ。君も見ただろう。妻は僕が鎖で首を絞めて殺したんだ。それなのに、まだ別れてくれないんだよ」
離婚しないと言い張る妻に腹を立てたあの日、確かに妻を殺したはずだった。
けれど、翌日には庭に埋めたはずの妻が血の気を失った死体のままで動いていた。
──今も僕の妻のままで。
『申し訳ないが俺にはどうにもできない! 君も早く逃げ出した方がいい!』
通話はそれで終わった。
「──それが出来るのなら、とっくに家から出ているよ」
「あなた、お出かけですか?」
「ああ、ちょっと出てくるよ」
もうこんな異常な日常などごめんだ。
足は間違いなくリビングの扉を通り抜けた。
目の前にはリビングの椅子に座る妻の微笑む姿──
「おかえりなさい──あなた」
血の付いた銀の鎖が僕と妻を繋げて──別れさせてくれない。
──そして、祈りは血を巡らせ、また戻る。
Till Blood Do Us Part ──愛が誓いを越えるとき、祈りは血に反転する── 6月流雨空 @mutukiuku
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