第5話 ミステリとハートフル③
「ゴナバ?」
「ゴナバは砂漠のオアシス周辺に生息する人間の親指ほどの大きさの獣です。ゴバナの最大の特徴は鋭い歯を持つ顎で、その顎に噛まれると、突然気を失ってしまう呪いをかけられてしまいます」
呪い。
この世界に来てからトップレベルに現実感のない言葉が出てきたな。
「だから、さっきは突然倒れたのか」
「そうです。気を失うタイミングは私にも分からないので……」
でも、呪いということは――。
「当然、呪いを解く方法もあります。ゴバナの呪いはそこまで強力という訳ではないので、そのための薬を飲むことで呪いを解くことができます。
しかし、おにいさまが町中を回って探してくれたのですが、その薬はこの町では売っていませんでした。手に入れるには大きな街の薬屋に行くしかないということです」
薬で解ける呪いなんてあるんだな。
「だったら、この町にとどまってないで、早くその薬がある街を目指したほうがいいんじゃないか? 失神しても死ぬという訳じゃないんだろ?」
「ゴバナの呪いの効果は呪いをかけられた場所から離れるほど強く作用し、最悪気を失ったまま目を覚まさなくなってしまいます。私がその街を目指せば、薬のある街に着く前にその状態になってしまう可能性が高いです」
ルミナは淡々と説明するように話してはいるが、その表情からは若干の恐怖が見て取れた。
当たり前だろう。
彼女は呪われているのだ。
それも二度と目を覚まさなくなってしまうかもしれない呪い。
彼女は話を続ける。
「おにいさまは薬を手に入れるために、一人でその街を目指すつもりでした。しかし、もともと寄るつもりのなかったこの町で宿を借りて滞在したため、お金と食料が足りなくなってしまったのです」
ここまで聞いて、真面目に話してくれているルリタには大変申し訳ないのだが、俺はどうしても一つの疑問を口に出さざるを得なかった。
「えっと……、結局何の話をしてるんだ?」
ルリタ、驚愕の表情。
そうだよな、真剣に話してる人にこんなこと言っちゃいけないよな。
「すみません。前置きが長くなってしまいましたね」
いや、今のは俺のほうが謝るべきだ。
「要するに、私がゴバナの呪いにかかってしまったせいでこの町から出ることができなくなってしまった。そして、おにいさまはその呪いを解く薬を手に入れるためにお金が必要ということです」
「分かりやすいまとめありがとう」
「この町でお金を稼ぐため、おにいさまは次の街で売るつもりだった品物をこの町で売って回っています。そのおかげで、あと少しでお金が集まると言っていました。
ですが、昨晩、警備隊が私たちの宿に来て、おにいさまを連れて行ってしまったのです」
「警備隊が?」
「警備隊は私たちの話を聞く気もなく、無理やりおにいさまを宿から連れ出しました。私はちょうどその時に気を失ってしまっていて、起きてから宿のオーナーにすべてを聞かされました」
あのサングラス男が警備隊に捕まりそうな理由に心当たりがない訳ではないが、彼女にそのことを話してもいいものだろうか。
「罪を犯して警備隊に捕まったのなら、それは俺にどうにかできることじゃない」
「私も話を聞いたときは、おにいさまが何か悪いことをして警備隊に捕まったのだと思いました。でも、おにいさまは逮捕されるほど悪いことができるほど肝の据わった男ではありません」
街路樹を伐採する勇気はあったようだけど……。
「おにいさまはビビりなのです」
「ビビり……」
あの男が?
「初対面の人と話すときも内心ビビっていますが、それを悟らせないために気丈に振る舞っています」
あのサングラス男の態度が気丈に振る舞うというよりは、ちょっと嫌な奴だった気がするのは気のせいだろうか。
「だから私はおにいさまが本当に警備隊に捕まったのかを確認するために収容所を訪ねました。しかし、収容所の管理者に聞いてもおにいさまはここにはいないと……」
警備隊に捕まってしまったら、収容所に入れられるということか。
「じゃあ、警備隊に捕まったわけではないと」
「そうです。おにいさまは警備隊に扮した何者かに連れていかれてしまったのです」
そこでルリタは言葉を切り、俺の目を見つめる。
その目は何かを祈るような信じるような――。
「アルさま、どうかおにいさまを探してくれませんか? 無理を言っていることは分かっています。ですが、頼れるのはアルさましかいないと思うのです」
「俺しかいないって、そんなことないだろ?」
「おにいさまから他の人の話を聞くことはほとんどありません。そんなおにいさまがこの町に来てから唯一話してくれたのがアルさまの事だったのです」
あの男にとって俺が新聞を見せてくれたことが、そんなに特別なことだったのだろうか。
「私はおにいさまを信じています。だから、おにいさまが唯一話してくれたアルさまを信じることにしたのです」
少し兄のことを信じすぎていないか?
俺は本当に新聞を見せただけだぞ。
「お願いします。おにいさまを見つけることができたときには、必ずお礼はさせていただきます」
ルリタはそう言うと立ち上がって、頭を下げた。
彼女が俺に頭を下げるのはこれで何回目かだったが、その中でも一番深いお辞儀だった。
俺は答える。
「俺はただの新聞配達員だから、何か特別な能力とかは期待しないほうがいい。でも、俺ができることはやるからさ」
正直に言うと、あのサングラスの男を助けたいという気持ちはあまりなかった。
それでも、この、エリーと同じくらいの歳の少女を見捨てることが俺にはできなかった。
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