第3話 ミステリとハートフル①

「早くそれくださいよ」


 新聞が詰められた俺のバックパックを指してサングラスの男は言う。


「新聞が欲しいのか?」


 予想外の状況に声が震えそうになるのを堪えて返答する。


「新聞、そうだよ。そこに俺の活躍が載っているに違いないからな」

 

 いきなり敬語で話すのをやめた男の口調は少し自慢げに聞こえる。


「新聞が読みたいなら家で待っててくれよ。なるべく急いで配るようにするからさ」

「チビのくせに大人みてえなしゃべり方するやつだな。マセガキだ」


 一瞬、俺が異世界転生者だとバレたと思ったが、そうではないらしい。

 確かに今まで深く考えていなかったが、そういえば俺の見た目は13歳の少年だ。

 それでも、これまで母や妹にそのことを指摘されなかったということは、俺が転生してくるまでのアルも同じような話し方だったのだろうか。

 

 この世界では13歳で職業選定の儀がある影響で、俺がいた世界よりは子どもと大人の境界線が下がっていると思っていたのだが、そうでもないらしい。

 さすがに13歳の見た目に合った話し方でないと違和感を感じてしまうということか。

 

「別に、そんなことないだろ。それにお前もそこまで年上ってわけじゃないだろ?」


 サングラスの男の顔がはっきりと見えるわけではなかったが、声と骨格から考えて高校生くらいの年齢なのではないだろうか。


「そんな事どうでもいいからさっさと渡してくれよ。俺は新聞を取ってないんだ。ちょっと読ませてくれるだけでもいい」


 先に年齢のことを言ったのはお前だろ。


「そこまでして何がそんなに見たいんだ」

「うるせえな。俺はお前が気づかないうちに盗んでもよかったのをわざわざこうやって頼んでやってるんだ!」


 男はいきなり声を荒げてこちらを脅すような態度を見せる。

 俺が本当に13歳の無垢な少年だったら、声も出せなくなるほどの恐怖だっただろうが、彼の言葉からはこうした言動をすることに不慣れなことが透けてしまっているため、怖がるふりもできない。


「まぁ、ここで読むだけならいいよ。俺も帰ってやらなくちゃいけないことがあるから、5分だけな」


 俺がそう言って新聞を渡すと、男は目の前の少年が全く自分を恐れていないことに戸惑いを見せつつも、受け取った新聞を乱雑に広げ、町の小さなニュースが載っている箇所を読んでいた。

 

「あったぞ、これだ」


 男がそう言って指さしている記事の見出しは「消えた街路樹 犯人はサングラスの青年?」というもので、写真は無く、10行ほどの文で事件の概要が書かれていた。


 簡単に言うとこんな感じだ。

 先日花屋の前の街路樹が夜の間にきれいな切り株になっていた。事件当日の現場周辺でリヤカーを押すサングラスの男を見かけたという証言があったため、犯人は先月の盆栽泥棒と同じサングラスをかけた青年ではないかということだ。


「これが?」

「俺が盗んだんだ」


 さっき俺の活躍が載ってるって言ってたけど、立派な犯罪じゃないか!

 それをこんな堂々と言われても、どう反応していいのか困る。


「犯人はサングラスの青年ってバレバレなのはいいのか?」

「そんなの何の証拠にもならねえよ。警備隊も一応捜査するだろうけど、どうせ犯人なんて分かりはしない。街路樹なんて盗まれても誰も困らないしな」


 監視カメラもない世界だとそんなものか。

 男は言い訳するように続ける。


「勘違いするなよ、この盆栽は俺がやったことじゃねえ。こいつに罪を着せるために俺はサングラスをかけてただけだ」

「木を盗む物好きがこの町に二人もいるということか」

「こんな盆栽男と俺を一緒にするなよ。俺は人のものは盗まねえんだ」

「街路樹だって町のみんなのものだろ」

「だったら俺のものでもあるはずだ」


 屁理屈。

 

「だいたい何で街路樹なんか欲しいんだ? それに、その街路樹はどうしたんだ? それが見つかったらさすがに警備隊も黙ってはいないんじゃないか?」

「それは言えねえよ。でもそれは心配するなマセガキ、絶対にバレることはないからな」


 別に心配はしていないが。

 

 ふと一つの疑問が頭に浮かぶ。


「普段はサングラスはしてないってことか?」

「当たり前だ。こんな邪魔くさいのずっとかけてられるか」

「じゃあ、今してるのは」

「今日も盗むからに決まってるだろ」


 やっぱりそうか。


「まぁ、正確には盗むつもりだった」

「だった?」

「お前がこうやって新聞読ませてくれたからな。その必要も無くなった」

「新聞盗るつもりだったのかよ」

「ひったくりはリスクが高いからやめた。俺の優しさに感謝しろよマセガキ」


 そんなことを本人に直接言うな。


「新聞読みたいなら、俺が配った後にポストからとればよかったじゃないか」

「だから、さっきも言っただろ」

「何を?」

「俺は人のものは盗まない」


 そのこだわりはなんなんだ。

 

 男は気が済んだのか、新聞を元通りに畳み、俺に差し出す。

 本当に自分がやった犯罪が新聞に載っていることを確かめたかっただけということか。

 そうだとすれば、相当厄介な愉快犯だぞ。

 

 俺は少しクシャッとなった新聞を受け取り、バックパックに入れる。

 これは自分用にすればいいか。

 

「次からは、やめてくれよ。俺はこんなことのために新聞配達員になったわけじゃない」


 俺が心の底からそう言うと、男はサングラスを外し、俺の顔をまじまじと見て言った。


「わかってるよ」


 サングラスを外した男の顔は、やはり陰になってはっきりと見えなかったが、微かに笑っているような気がした。

 

 * * * * * *


 新聞配達を終え、自宅への帰路につく。

 今日はサングラス男のせいでいつもより少し遅くなってしまった。


 結局、あいつは何だったのだろうか。


 街路樹を盗んで、自分の犯行をわざわざ新聞で確認したいだなんて、よく考えたら変な話だ。

 最初はただの愉快犯かと思ったが、わざわざ街路樹を切り倒してリヤカーで運ぶというのは、見つかるリスクも考えると、あまりに効率が悪い。

 愉快犯は自分の心を満たすためなら、大変な作業も惜しまないものなのだろうか。


 あのサングラス男には何か街路樹を盗む理由があったとしか思えないが、それも俺には関係ないことだ。

 一応、もうあんなことはしないように言ったが、また新聞配達中に絡まれるようなことがあったら、その時はさすがに対応を考えよう。


 自宅に到着し、玄関のドアを開ける。

 家の中は暗く、自分の心臓の音が聞こえてくるほどの静けさだった。

 どうやらは母はもう出かけてしまったらしい。


 居間の電気をつけると、テーブルの上に母からのメモを見つけた。

 今日は、少し帰るのが遅くなるということらしい。


 エリーはあと30分くらいで起きてくるだろう。 

 急いでコーヒーを入れて、エリーにおはようを言う用意をしなくては。


 * * * * * *


 翌日、新聞配達中の俺に話しかけてきたのは、エリーと同じくらいの年齢の少女だった。


「お願いします。おにいさまを助けてください」


 彼女は今にも泣きだしそうな声でそう言った。




 ♦感激♦

 読んでくれたという事実が活力になります。

 感謝と感激の二刀流です。

 


 

 




 


 


 







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