不器用者、天職に就く?
長短冊
第1話 これが天職
まだ、日も昇る気配のない町に独り。
小さな街灯の明かりを頼りに歩く男は、この町の全てを自分の手にした気分でいた。
誰も男を邪魔するものはいない。
全てが彼の望み通りだった。
* * * * * *
何もないところでつまずいた。
世の中に疲れていたのだろう。
歩道のアスファルトが近づいてくることには気づいていたが、どうする気も起きなかった。
頭を強く打ち付け、激しい痛みを感じてから、目の前が真っ暗になったかと思うと、直ぐに搾りかすのような走馬灯が頭を駆け巡る。
以下、走馬灯。
小学生の俺、運動会のかけっこで堂々の一位。
人生のピーク。
中学生から大学生まで、特になし。
最近の俺、和食チェーンのあわただしいキッチンで、やけどの痛みと戦いながら、ひたすらにこの時間が早く過ぎるようにと願う。
爆速で走馬灯終了。
俺の人生要約するとこうなるのか、という感心か失望か所在不明の感情が沸き上がるが、それもどうでもいい。
俺の人生は、たった今終わったのだ。
視界は暗く、音も全く聞こえないが意識だけはあるらしく、ようやくこの慌ただしくせわしない世の中から離れられることに少し安心していた。
昔から人が当たり前のようにできることに必要以上に時間がかかった。
頭の中でどうすればいいかを整理している間に、周りはやるべきことを効率的にこなしていく。
「そんな簡単なことに時間かかりすぎじゃない?」
挨拶と自分の名前以外で言われた言葉、堂々のナンバーワン。
そんな簡単なことに時間がかかるんだよ、と心の中で思っても口に出すことはなく、自己嫌悪と世の中を呪う気持ちが心で育っていく。
世界が効率を求めすぎていて、俺が普通なんだ。
もし、来世があるのだとすれば、地道に、一つの事だけをする仕事がいい。
人生やり直させてくれよ!!
そう願った途端、視界が白い光に満たされ、意識が遠のいていく。
* * * * * *
「おにいちゃん、朝ごはんの準備できてるよ!」
体を誰かに揺さぶられているのは分かった。
誰だ?
というか俺は生きていたのか?
そうだとすれば、ここは病院だろうか?
目を開けると、丸太の天井とメイド服を身に纏った少女の姿が視界に飛び込んでくる。
どうやら病院ではないことは彼女の身に着けているものと、この部屋の様子から分かった。
しかし、脳はこの状況の理解を拒んでいるようで、ベッドに仰向けのまま、言葉を発することもなく静止してしまった。
「おにいちゃん大丈夫?」
目の前の少女が心配そうに話しかけてくる。
「お兄ちゃん?誰が?」
思わず口から出た疑問は寝起き特有のかすれた声だったが、驚くべきはその声がまるで、変声期を迎える前の少年のような高音をしていたことだ。
反射的に視線を自分の体に向けてみると、明らかに大人の男の骨格ではなく、まだ成長痛すら無縁と思われる小さな体がそこにはあった。
「おにいちゃんはおにいちゃんでしょ!朝ごはんできてるっておかあさんが呼んでるよ!」
メイド服の少女はそう言うと、栗色の三つ編みを揺らしながら部屋のドアを開けて出ていき、俺は一人取り残される形になった。
少女の可愛さと自分が置かれた状況への混乱で頭がいっぱいになる。
状況的に俺がお兄ちゃんなのだろうが、俺は一人っ子だぞ。
上半身を起こして部屋を見渡す。
部屋はベッドの他に机と椅子、クローゼットしかないといった簡素な雰囲気。
今すぐ自分の姿を確認したかったが、鏡などはないようだった。
一つ気になったのは、部屋に窓が一つもないことだ。
これでは朝起きれないのも仕方ないのではないかと思う。
ここが自分が今まで訪れたことはない場所であることは明らかで、もはや日本ではない雰囲気すら感じる。
ベッドの側の机には、マトリョーシカとシーサーを足して2で割ったような置き物が、大切そうに飾られていた。
立ち上がって部屋を歩き回りながら、ここはどこかを考えていると、壁に掛けられた時計の異変に気づく。
その時計は針は8時15分あたりを指していたが、指されている数字がどう見ても日ごろ使用していた算用数字とも漢数字とも似ても似つかない。
だが、見たこともないはずなのに、それが数字であることとそれぞれの数字が1から12を表していることは考えるまでもなく分かった。
不思議に思って机の上にあったノートを開いてみると、そこには全体的に丸みを帯びた文字で日常の出来事が綴られていた。
その文字は時計の数字と同じように初めて見た文字にもかかわらず、意味がするすると頭の中に流れ込み自然に理解できる。
日記をパラパラ読み進めていくと一人の名前が出てきた
エルダース・ヴァン・ヴェルトライト
日記によると彼(彼女?)は王国でも選りすぐりの戦士の一人で、以前の遠征でドラゴンを2体討伐するなど大きな成果を挙げたらしい。
王国? 戦士? ドラゴン? ゲームの話をしているのか?
突然のファンタジーな世界観に脳は混乱を起こすが、同時に一つの可能性も頭に浮かんだ。
俺は異世界に来てしまったのか?
それは非常に受け入れがたく、到底信じられるものではなかったが、この俺の体やノートに書かれた得体のしれない文字と内容、俺に妹がいるという事実から、今や真実としか考えられなかった。
異世界転生とか本当にあるんだな。
普段、本は読まず動画サイトに張り付いているため、そういった類の作品に触れる機会は今までなかったが、知識として全くないわけではなかった。
これは、俺に与えられた人生やり直しのチャンスということか。
世の中についていこうと必死で自分の人生なのかも分からなかった前世と違い、この世界では自分らしく生きられるのではないかという期待に胸が膨らむ。
日記をもって自分の部屋を出ると、廊下を進んだ先の部屋から話し声が聞こえた。
扉を開けて真っ先に見えたのは食卓に向かい合わせに座る二人。
一人はさっき俺を起こしに来てくれたメイド服の妹でスープを音を立ててすすっている。
もう一人はエプロンをつけた大人の女性で妹が起こしに来た時の発言からして、俺と妹の母親だろう。
「スープを飲むときに音を立てちゃだめっていつも言っているでしょ。そんなんじゃ立派なメイドさんになれないよ」
「なるもん!」
「だったらスープくらい静かに飲めないとね。エリーもあと3年で職業選定の儀なんだから」
彼女らの会話に上手く割り込むこともできず、扉を背にして立ちすくしていると、
「あら、アルおはよう。急いで準備しないと遅れるよ」
母親が俺に気づいて話しかけてきた。
アルというのは俺の名前だろうか。
妹もこちらに振り返っておはよう、という。
これは自然な会話を心掛けなければ不審に思われてしまう。
「おはよう。ちょっと疲れてたからぐっすり眠っちゃって」
「おにいちゃん明日は早起きするっていってたのに」
「ごめんごめん。でもそうだよな、おまえもあと3年で職業選定の儀だもんな。時間の流れは速いよ」
「何言ってるの? おにいちゃんは今日でしょ」
「え?」
* * * * * *
職業国家セフトラスタ
13歳となったすべての国民が自分のなりたい職業を一つ選び、司教によって与えられる。
そのための儀式が町の教会で年に一回行われる「職業選定の儀」だ。
この制度が確立したことによって、国民が自分のやりたいことをやれる国として、数ある隣国と比べても幸福度は群を抜く。
職業は国に認められた数百種の中から選ぶことになっており、自ら新しく創り出した職業に就くことはできない。
また、職業ごとにこなさなければならないタスクが決められている。
あくまで制限された中での自由ということだ。
ちなみに職業の変更は気軽にできるものではなく、18歳で変更手続きの権利を与えられ、一度変更してからは10年間はその権利を失う。
ここまでが妹と母親から聞いた情報と、町の人に不審な目を向けられながらも質問して回った成果をつなぎ合わせて得たこの国の概要だ。
なんて人生をやり直すのにぴったりの国だろう!!
* * * * * *
そして今、俺は教会で司教と辞書くらい分厚い本を挟んで向いあっている。
「アルベール・クトルシェ、汝の職業を神に誓え」
司教が教会全体に響くような声で言う。
俺は答える。
「私は新聞配達員としての仕事を全うすることを神に誓います」
新聞配達員。
これが俺の天職だ。
♦感謝♦
ここまで読んでくれてありがとうございます!!
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