第37話:正眼①


――先程まで親指が生えていた付け根から、焼ける様な熱さが込み上げて来る。


「ぐぅ……あああああ!」


男たちは激痛の中、理解した。


この少年の居合が、我々には知覚できない速度で、親指を斬り飛ばしたのだ……と。


一振りで、2本同時に!


男たちの4本指の右手から落ちた太極剣が、地面の石に当たり、かしゃん、と音を立てた。




――ヤマトは、激痛に悶える男たちを悠然と見下ろしている。


……弱い。


あれは、シーナ国の武器、太極剣か。


北夕鮮は、シーナ国と韩国(かんこく)に挟まれた立地の国だから、それらの隣国の武器が流入、使用される事が多いのか――


いや今、考える事ではない。


余裕があると、敵の眼前でも すぐに別の事を考えてしまう。


今この瞬間に考えるべきは、この敵兵への対応。


つまり、この任務での合理的な戦術判断だ――




――男たちは、戦力差を瞬時に理解した。


否、理解させられた。理解せざるを得なかった。


同時に、身体を翻し――全力で逃げた!


絶対に勝てない。


――せめて、北夕鮮軍の同胞たちに この少年の危険性を伝えなくては。


少年の追撃に備えて、軍用ナイフを懐から左手で取り出し――後ろを確認する男たち。


――追ってこない?


何故――?




先頭を走る男の首に、ずんっ、と重い衝撃が走ったと思うと……そのまま身体が重くなり、地面に倒れた。


――その後ろを走っていた男は、前を振り返る。


ショートヘアの女――が、自分の首を目掛けて刀を振り下ろし――


ずんっ。


男は、意識を失った。


峰打ち。




「ヤマト隊員、異状は無いか?」


「ありません。マキ部隊長」






――――オウカとカンナは、2人組と戦った後、森の中を10分程歩いていた。


前方の視界は樹々に阻まれているが、頭上の視界は開けており――青い空が見える。


太陽光が、2人を照らす。




オウカは、魚釣島全体のマップを表示した。


自分自身を示すアイコンが、マップ中央に置かれている。


味方を示す緑シグナルは……32個。味方の総数が32名。オウカ自身を加えた33名が、魚釣島にいる国衛隊隊員の総数だ。


敵を示す赤シグナルは……現在 視認中の敵は、11個。味方が現在対峙している敵が11名、という事だ。


加えて、視認履歴(視界から外れた敵も含む)は25個。


……いや、3名の新たな敵兵が味方によって視認されて、視認履歴が28個に増えた。視認された敵兵の総数が、現時点で28名。


この魚釣島にいる敵兵の総数は、現時点で不明。


そして、現在14名の敵と対峙中だ。




さっきオウカ達が倒した2名も、赤シグナルは点灯したままだ、


なぜなら、シグナル・マーカーは、赤・緑ともに、生存者を示すモノであって、戦闘可能の是非を示すモノではないからだ。




カンナは、大分 落ち着いてきたようだ。


オウカが数メートル先を歩き、周りを確認しながら進んでいる。




――敵兵2名を倒した場所から少し離れた後、オウカはカンナに、数分間 休むことを提案した。


「え、じゃあ……1分間だけ。ありがとう。オウカ」と言って、カンナは正座。目を閉じた。


”禅” の状態に入った――


周りからの脅威に完全に無防備になる状態だ。


私に命を預ける行為、と言える。


オウカは、周りを警戒するが――接近してくる者はいない様だ。


……1分後、カンナは少しばかり回復したようで、再び歩き出し――今に至る。




――オウカは、察知した。


深い森の樹々に視界が阻まれ、視認はできないが――約200メートル前方より、3名の人間――敵、がこちらに向かって歩いてくる。


カンナは、少しは回復したとはいえ、精神力はかなり消耗している筈だ。


左手の甲からも、出血は続いている。


戦わせるのは、非常にまずい。




このペアにおける緊急を要する戦局の判断は、成績が相対的に優秀なオウカに託されている。


「カンナ、二手に分かれよう。


ここから北東へ230メートル先に、2個の緑シグナル――2名の味方がいる。そちらに合流してくれ」


「え、うん。……なんで?」


「敵が複数……3名くらい、こちらに向かっている。樹々の間から偶然、一瞬だけチラッと視認できた。」


「……オウカはどうするの?」


「相手を視認、尾行して、魚釣島全体のマップに赤シグナルを表示――つまり、情報を味方に共有する。


――そうすれば、味方を集めて取り囲んで、一斉に叩ける」


カンナは頷き、北へと歩を進めようとする――




――!?


敵兵3名は、こちらに ”一直線に” 向かってきている。


どこに敵が潜んでいるかわからない、森の中なのに……。


一切の迷いなく向かってくる!




ふと、オウカは、視線を上げた。


澄みわたる様な、平和な青空が広がる景色から、”それ” は姿を現した。


――距離は、ざっと400メートルほど先だろうか。


高さ30メートル近い巨大な樹が、悠然とそびえている。


目を凝らすと、その樹の上に双眼鏡らしき物で こちらを見ている人間が、2人。


その頭上に、2つの赤マーカーが表示された。




――敵も、同じ事を考えていた。


”敵を発見し、仲間に場所を伝える”――という事を。


「カンナ、作戦変更。敵にバレてる。私も一緒に行く」


カンナは、少しだけ目を見開いた後、無言で頷いた。




――およそ150メートル先にいる敵兵3名が、接近する速度を上げた。


それを察知したオウカが、ふと そちらに目を凝らすと――


樹々の隙間から、赤マーカーが表示された敵兵の1人が小走りで接近してくるのを、肉眼で捉えた。




「――いやダメだ!二手に分かれて、追っ手を撒く」


臨機応変に対応――というより、指示が二転三転している――というべきか。


従う側が混乱する様な言い方だ、と自分で思った。


我ながら、人に指示する立場は苦手だ。




――カンナがふと敵兵たちがいる方向に目をやり、一気に緊張度が増すのを感じた。


足場が悪い森の中、しかも斜面になっているところが多いのに、どんどん接近してくる。


身のこなしから見て、さっきの2人組よりは、この3名は格上だろう。


「カンナは、さっき伝えた通り、北東230メートル先の2名の味方に合流してくれ」




――敵との距離は、100メートルもなくなっていた。


”オウカは、どの方角へ行くの?”


……そう聞きたい衝動を、カンナは自制した。


その質問に答えさせる時間と思考力を、オウカから奪ってはいけない。


一刻を争う、いやそんな悠長な状況ではない。一秒を争う状況だ!


「わかった」


カンナは、一言だけ口にして――北東に向かって走り出した。




――数秒後、カンナは ふと振り返った。


どこかに向かって走り出しもせず、その場に立ち続けて自分を見送るオウカの姿が、目に入った。


”オウカは、なぜ走り出さないの?”


立ち止まって、そう聞きたい衝動を、カンナは自制した。




「──ここは任せて、先に行け」


そんなオウカの言葉が、小さく聞こえたような気がした。



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