第35話:怒力④
――――カンナは居合の構え、オウカは両手をダラッと垂らした無構え。
2人は、敵兵2名が立つ前方へと ほぼ同時に歩を進め始めた。
――そしてカンナは、女に向かって更に一歩、大きく踏み込んだ。
先程までとは打って変わって、全身に脱力が効いた動きだった。
日ノ国刀の柄を軽く握った右手が、前方へと振られる。
-フオッ-
鞘から抜刀された切っ先が、女の右腕へと飛んでいく。
――女は、カンナの踏み込みを察知し、反射的にバックステップしていた。
紙一重で斬撃を躱した女――は、居合が空振りして大きな隙ができたカンナ目掛けて、前進を始める。
――同時に、鞘に添えられていたカンナの左手……が! ぶんっ、と振られた。
血による目くらまし――?
……ではない。
-ドスッ-
カンナの血に染まった棒手裏剣が、女の腹部に生えていた。
――女は顔を歪めながらも、前進を止めない。
右手に握られた峨嵋刺(がびし)を、銀色の棒の先端を――カンナの左眼球を目掛けて突き出した!
-シャッ-
カンナの左眼球を突いた――ハズの金属の棒の先端は、左頬のやや上の部分を捉え、皮膚を削る音が、微かに聞こえた。
――カンナは、右手に握った日ノ国刀の重みに引っ張られる様に、右前方へと移動。
ギリギリで左眼球への攻撃を躱していた――
左眼球への攻撃を躱された女は、隙ができている。
カンナは、女の方へと素早く方向転換――
ダメだ!今のアタシじゃ できない!
――カンナは右脚に力を入れ、足で大地を蹴り、力ずくで方向転換をする。
剣術の流麗な体移動とはかけ離れた、不格好な動き――
──届け、届けえええ!
-ズチャッ-
――日ノ国刀の切っ先が 女の左肩を突いた直後、地面に倒れていく女……の呻き声が響き渡った。
――同時に、オウカは男の間合いに入った。
男は、オウカの眼球を目掛けて、銀色の棒を、峨嵋刺を握った右手を突いた。
-ヒュオッ-
オウカは、銀色の棒を左に躱すとともに――左手で、男の右手首を掴んだ。
――男は、左手に持った銀色の棒を、オウカ目掛けて突く!
――より早く、オウカは、銀色の棒を持ったままの男の手首を捻って立ち関節を極め、下方向に力を加える。
男は、苦痛に顔を歪めながら地面に跪き、オウカは――
-めきぃっ-
そのまま折った!
「あっ……あああ――」
-グチャッ-
オウカの右拳が男の顔面にメリ込み、苦痛に喘ぐ男の叫びは強制中断された。
――仰向けに倒れようとする男――の両手から、いつの間にか峨嵋刺が消えている。
両手に持っているオウカ。
オウカは、峨嵋刺のリングを両手の中指に装着し、それを起点に 30センチ超の銀色の棒を ひゅんひゅん、と回転させている――
……男は仰向けに倒れて、一瞬だけ身体が弾み、そして動きが止まった。
――左肩から血を流す女が、”もう戦意はありません。攻撃しないでください” と言わんばかりの ぐったりした表情で、立ち上がる。
仰向けに倒れた――これまた右前腕と鼻から血を流しながら……痙攣している男に、よろよろ、と歩いていく。
「……おい、大丈夫か……」
どう見ても、大丈夫ではない……男も、女も。
女は、男に肩を貸し……そのまま去ろうとする。
「……次は、負けねえよ」
女は、そう言い残し――去ろうとする。
オウカは、両手で回している鉄の棒――そのリングから両手の中指を、すっ、と引き、空中で回転を続ける2本の棒――を、ぱしっ、とキャッチした。
オウカは、その背中を見送り 熱い再戦の誓い――ではなく、両手を ぶんっ、と振った。
-ドスッ×2-
女と男の、それぞれの右脚に刺さった棒が、銀色に輝いている。
2人まとめて、地面に倒れる。
顔は、とうぜんながら苦痛に歪んでいる。
えーと、戦いの終了の決定権があるのは、基本的に強者なんだが。
弱者に決定権があるのは――死亡した時だ。
――オウカは、カンナへと視線を移す。
カンナは、日ノ国刀を鞘へと納めた。
そして、この戦いが終了した安堵感から一気に解放され――よろめき、仰向けに倒れた。
「あれ……?」
数秒間、空を眺めていた。
――平和そのものだ。あの青い空は。
その下では、赤い血が舞っているというのに。
「カンナ、大丈夫か?」
オウカは、手を差し伸べる。
「うん、ありがとう。オウカ……ちゃん」
その手を握り、立ち上がり――左目の下、左頬から流れる血を拭うカンナ。
「……”オウカ”と呼んでくれると、嬉しい」
――戦闘不能に近い状態になった敵兵2人を尻目に――オウカとカンナは、森を往く。
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