第3話:神国破壊③


――1日目、筆記テストを終えたオウカは、とある蕎麦屋そばやに向かう。


とある閑静な住宅街。


路地裏を抜けて数分歩くと、竹が覆い隠すように四方を囲む土地が見える。


竹の中を覗くと、静寂とともに蕎麦屋が姿を現す。


(人目につかない場所にひっそりと佇む、こじんまりとした その蕎麦屋は暖簾も掲げておらず ”常連” 以外には蕎麦屋と認識できないだろう)


店の周りは、砂利に囲まれている。


店の入り口に通じる通路のみに足場となる大きな石があるが、それを踏んでも 音が鳴る。


――店の引き戸を開ける。


中には、3つほどのカウンター席。


そして、長い髪を後ろで束ねた20代半ばの女性――店主がオウカを見据える。


どう見ても繁盛しているようには見えない この店のカウンター席に、腰掛けたオウカ。




――オウカは、注文もせず ”報告” を始める。


「予定通り、正規隊員への選抜試験の1日目が終了しました」


店主は、口を開く。


「了解。何か懸念点はある?」


店主は、注文も聞かずに蕎麦を茹で始めている。


「はい。試験2日目……つまり明日の組手試験について」


店主は、右手に持った箸で 蕎麦を かき回している。


オウカは続ける。


「明日に行われる実技試験の1つ、組手試験で ”低く偽った実力” を見抜かれてしまう可能性があります」




箸を持つ手が、ピタリと止まる。


オウカの背中に 冷たいものが走る。


やや俯きつつ視線を下に落とし、言葉を続ける。


「……候補生としての訓練中は、合格水準に達する範囲で実力を低く偽ってきました。


ですが、事前に聞いていた情報と、今回の試験の責任者は違いました。


今回の試験の責任者は”忍者族”の一員らしいです。


彼女の身のこなしは紛れもなく強者であり、もし組手で 低く偽った実力より上の相手とあたってしまった場合――」




店主は、再び蕎麦をかき混ぜつつも 静かに耳を傾けている。


オウカは続ける。


「幸運を装って勝ったら私の実力を見抜かれ――失格になる恐れがあります。


また、低く偽った実力のまま故意に負けた場合も――とうぜん失格になる恐れがあります」


数秒間、沈黙が続いた。


空気が ひどく重く感じる。




店主は、ようやく口を開いた。


「――去年以前の試験を受けた者達からの情報によると、試験の責任者に関しては特筆して警戒すべき要素は認められない。


そして、現在も国衛隊の管理職にいる者達からの情報によると、 特筆して警戒すべき情報は来ていない」


オウカは、慎重に言葉を選びながら言葉を発する。


「はい。そのように聞いています。」


店主は言葉を続ける。


「今年の試験から選抜の ”厳格化” が始まった……というだけの問題ではない。


国衛隊の上層部は、”責任者が代わる” という情報を、管理職の一部の人間にしか伝えていない可能性もある。


つまり、内部に対しても警戒が強まっている――」




再び 数秒間の沈黙が流れた後、再び店主が口を開く。


「それに関しては、あなたの責任ではない」


ワンクッション置いた後、極めて重い言葉を発する。


「――だが、見抜かれたら、あなたの任務の第一段階すら完了できない。


その場合、あなたの ”正義” の道も閉ざされてしまう。


――理解しているわね?」


言葉の終わりを待たず、オウカの脳裏に忌まわしい記憶がフラッシュバックした。






――オウカ、母さんの夢はね ―ザザッ―


ホントに甘えん坊だな ―ザザッ―


父さん!どうして母さんを ―ザザッ―


この世の理も知らぬ餓鬼 ―ザザッ―


お前は弱 ―ザザッ― 俺を殺 ―ザザッ―


――ザァッ―――ザザァッ―――――ザザァァッ―――――――


―――――お前を殺す!






…どれだけ、追憶の旅に出ていたのだろうか?


数秒にも思えるし、数分間にも思える。




店主は、何も言わず恐ろしく冷静な目でオウカを見据えている


「――承知しています。


私は、国衛隊における ”将校” の地位を得なければならない……と」




その言葉を確認した店主は、かけ蕎麦を出す。


オウカは、箸でつまんだ蕎麦をレンゲに盛った後、音を立てず少しずつ口に運んでいく。


店主は、再び口を開く。


(万が一、他の客が来てしまったら会話を中断せねばならない。


”一寸の光陰は、一寸の金に等しい” ――有名な ことわざだ)




「我々の国は、世界第2位の経済大国といわれている。


しかし その実、危機的状況だ。


事は、一刻を争う」


――我々の国の経済は、世界2位だったのは以前の話だ。


現在は急速に悪化し続けている。


店主は続ける。


「軍の同年代において、あなたは五指に入るであろう強さ。


だからこそ、”国衛隊の将校になる” という任務を命令されている。


――絶対に、失敗は許されない」


店主の言葉が、オウカの精神に重くのしかかる。




オウカは、一拍置いて口を開く。


「はい。必ず任務を果たします。


――我々の国が崩壊する前に」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る