ファーロンの四龍
うぐ子
第1話 夜明けの祭式
夜が明けようとしていた。
柔らかな橙色の光があちこちの窓や屋根を撫で、辺りにある建物の金装飾が朝露に濡れたように一層輝いている。
空気はひんやりとして、微かに風が揺れる度に、光の筋が壁や柱の隙間を滑るように動いた。
そこに佇む大勢の人々は口をつぐみ、瞳に反射する光だけが静かに揺れる。
もう少しだ。
でも、もう少しだけ。
この景色を見たいと思った。
この景色の為にこの国があるのでは無いかと、誰もがそう思った。
しかしながら違うのだ。
この国は、龍が為にある。
金や朱色の艶やかな装飾で飾られた、目の前の幕がセイゲツを焦らす様に少しずつ上がる。それと同時に、辺りからは耳をつんざく様な歓声が上がった。
セイゲツは耳を痛めたが、それも自身達を歓迎する声だと思うと、幾分か心地よく感じた。
「たあだいまよりいいい 幼少となる四龍様方のロン・ヤ院、入学式を執り行わさせて頂きまああす」
セイゲツの隣に正座した、身だしなみがおかしいくらいに整った男が声を張り上げて言った。
セイゲツは、自分が緊張している事にとても驚いた。今まで四龍の一人として様々なお稽古事や催事をこなしてきた自身でも、この祭りは人生に一度の一大事だと言う事は分かっていた。
言われた事をやるだけ、言われた事をやるだけ....。
そう思って、緊張をほぐすしかなかった。
「第一、四龍にて ズイリン様ああああ」
セイゲツの周りは大きく長い祭服で囲われていたし、前を見てなくてはいけないので目には捉えられなかったものの、隣の同じ四龍である少年が立ち上がる気配がした。
「前にいい」
前に出たズイリンと言う少年は、囲っている祭服の一部を外し、丁寧に丁寧に自身が座っていた場所に置いた。
その少年は、力強い舞踊の後、その年では考えられない程の大きさの、手のひらいっぱいの炎を皆に見せてくれた。
セイゲツは十三であれば自分の様に木の実一つくらいの火が限界なのになと思ったが、これでも神火と呼ばれると思うと気が楽になった。
ようやく緊張が溶けてきて、セイゲツはズイリンの顔をよく見る事にした。強気な表情、とても溌剌としていて、顔にかけた堅苦しいメガネが無ければもっといいのにと思わず笑みが溢れる。
次に呼ばれたシユと言う少年は、世にも美しい身のこなしであった。目に迷いが無く、利発そうなその少年でも火は木の実ほどだったので、セイゲツはとても安心した。優しい手つきで祭服を被り直すシユを見て、シユとはなんだか仲良くなれそうだなと心の隅で感じる。
自分の番はなんとも呆気なく終わった。周りの熱気に押しつぶされそうだったが、自分が今回の四龍ではただ一人の女なのもあってか周囲の目は優しかった。自分の小さい火を披露する時は恥ずかしかったが、横目で見たシユが微笑んでいる様な気がしてほっとした。
「第四、四龍にて ジンヤオ様あああ」
ジンヤオと言う少年は、司会がその大きな声で前に...と言いかけた所で立ち上がった。
セイゲツはびっくりした。隣をこっそり見やり2人の反応をうかがったが、案の定祭服が邪魔で見えなかった。
そして、祭服を乱暴に脱ぎ捨てたらしき音がする。
セイゲツは戸惑った。周囲からは歓声が上がったが、皆の表情には少しの困惑が浮かんでいる。
ジンヤオは三人の龍がそうした様に、広場の心に立つ。セイゲツはこれからどんな事が起きるのだろうと、気分が高揚した。いつもの様に頬が火照るのを感じる。
相変わらず止まない歓声。
少し不機嫌そうな司会の男。
赤らむのを温度で感じる自身の頬。
夜明けはとっくに過ぎ去っていて、昼の暖かい日差しを肌で感じて...この大切な日が嵐でなくてよかったと思った。
セイゲツはいつのまにか自分がぼーっとしている事に気付き、慌てて我に返る。
ジンヤオは心に立っているままだ。
あれ....?
セイゲツの頬の火照りが僅かに引く。
歓声は止んでいた。
後ろに居る大人達が何か話しているのが聞こえる。
「なにやってんだ?アイツ....」
隣でズイリンが小さく呟いた。
セイゲツは何が起こっているのかと冷や汗をかいて、また頬を赤くする。
ジンヤオは目を閉じていて、心に仁王立ちしたままだ。祭官や随臣達が後ろで慌しく何か言葉を交わした後、ジンヤオに向かっていく。
その足が、熱気に押し返された。
空気がうねる。
光が滲む。
次の瞬きよりも速く、炎が立ち上がった。
セイゲツは息を止めた。空間が震えていた。
隣でズイリンが息を呑む音がした。
空気を割くような暑い熱が揺らぎ、炎はジンヤオそのものの意思の形となっていた。
辺りが一瞬、呼吸を止めたかのように静まった。
次の瞬間、地鳴りのような歓声が広場を満たし、足元の細かな砂利が揺れた。
人々の興奮が熱気となって立ち上り、この場を震わせる。
祭官や随臣達は驚きのあまり体が固まったままだ。しかし目は大きく見開かれ、心の芯から喜びが溢れ出しているのが伝わる。
「すごい.....!!!」
こんな、こんな事って。
あんな炎の柱、二百になってようやく出せるものなのに。それをまさか、まさか十三でやってみせるとは。
入学式の丁寧な雰囲気は消え失せ、会場は喜びに熱気、大きな期待に溢れていた。私達の時の声援がちっぽけに思える程の歓声だった。
「見ろ、あの龍の子、二又だぞ!!」
「この国はもう安泰だ....」
「ああ、龍人さま......!!」
あちこちから、そんな声がセイゲツの耳を掠める。
ジンヤオは片手から出した炎を空へと掲げ、更に歓声を支配した。
この時間、全ての声と空気が、彼のものになったかのようだった。
ふとジンヤオはこちらを向く。
何を見ているのかと思ったら、セイゲツは自分達四龍を見ている事に気が付いた。
ジンヤオは馬鹿にした様な笑みを浮かべた後、子供ながらに鋭い牙を剥き出しにした。
そして、炎を出していない片手で親指を下に立て、喉を掻っ切る仕草をする。
セイゲツの中で、何かが堕ちる音がした。
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