20ページ目 日々
崩れた民家、寝転がる電柱。道端の花壇に植えられていたであろう木々も、根元から折れいくつも倒れていた。天気は曇り。“不用意に外に出ないで”。あの時のあの言葉が頭から離れない。謝ることしかできなかった。…あれから僕は、ずっと考えている。どうするべきだったのかも--これからどうするべきかも。改めて空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな表情をしていた。
(…ヤ…ソーヤ!)
頭の中に声が響く。ミルクだ。
(ああ、ごめん。考え事してた。どうしたの?)
(何してんの!外なんだから集中しな!らしくないな!)
外。そうだ、まさに今僕たちは外にいた。
(そうだよね、ほんとにごめん)
でも今少なくとも分かるのは、今この状況が“不用意”ではないということだ。なぜなら、一緒に探索に来ているのはミルクとトータだから。
(ま、無事だからいいよ!…あ、そうそう。こっち側は何もなかったよー!)
(ああ、うん、了解。雨も降りそうだし、一旦拠点に帰ろうか)
僕はミルクを思いながら念じた。
(ソーヤ、雨降りそうだぜ〜。帰るかあ?)
すると、トータの声も頭に響いた。そうか、僕とミルクの会話はトータには聞こえていないのだ。この辺りが僕の能力の少し不便なところ。僕は改めてミルクと話して帰ろうとなったことをトータに伝えた。
不便とは言いつつも、この不思議な会話にもすでに慣れた。何だかんだ1月半だ。慣れない方がおかしい。
僕はこうしてミルクやトータとの遠く離れた会話をしながらも、あの日のハレの表情を思い出していた。怒りにも悔やみにも取れる苦しそうな表情。リンにつかみかかりそうな勢いのハレを制止するために出した僕の手は、ハレがその場を離れたことで役目を果たすことはなかった。…僕は?僕はあの時、何を感じていたんだろう。悔しかった気もするし、悲しかった気もする。怒りは…無さそうだ。でも分からない。実はあるのかもしれない。気持ちなんて、いつも考えたところで分かり切ることはなかった。
「ういーっす。行こうぜ」
声が聞こえて振り返ると、トータが親指で後方を指していた。奥で小さいがミルクも手を振っているので、そのままミルクと合流して拠点に戻ろうということだろう。
「そうだね!いこう」
僕は2人がいる方へ歩き始めた。
「最近、ジャンがつれねーんだよなあ」
トータが腕を頭の後ろに回し、空を仰ぎ見る。いかにも不満そうだ。
「仕方なくない?ハレとなんかしてるみたいだよ、最近」
ミルクはそう言って、足元の小石を蹴った。ミルク、ほんとに仕方ないと思ってる?2人とも出てくる言葉は違うが、気持ちは似ているような気がする。…ジャンは凄いな。さすが、うちのリーダーなだけある。
「はあああ」
トータが大きく息を吐いた。
「それも気に食わねーのよ。あいつとやることなんかあるんか?」
“あいつ”。それは紛れもなくハレを表していた。どうにも、トータはハレが気に入らないらしい。確かにトータはすぐに人を信用しないし、口も悪い。それにしたって、ハレへの態度は普通じゃない。異常とも言える。
僕はこのスタジャンで、みんなのバランサーになっているという自負があった。できる限り居心地良くいたいという気持ちがあるし、そのために僕の得意が発揮されるということも分かっている。しかしそれだけじゃない。僕は、ジャンの信念に心から納得していた。
“寄り合い、自分たちだけでも平穏を”。
その信念は、この崩壊した世界の救いとして、僕の心を温かく灯した。だから。だからこそ、僕は役割を全うしたい。
「トータ、ハレの何がそんなに嫌なの?ハレ良いやつだし、仲良くとは言わないまでもさ…」
僕は笑顔をトータに向ける。トータにとっては、そんなに楽しい話でもないだろう。だから少なくとも、笑顔でいたい。
「ああ」
トータは遠くを見て息を漏らす。
「…好きじゃねーんだよな、お客さん。見ててイライラすんのよ」
お客さん…?確かにハレはスタジャンに来て10日ほどだし、完全に馴染んではいないと思うけど…。それを言い始めると、誰もが最初はお客さんではないか。
トータは何が言いたいのか次の言葉を待ったが、それから続きが語られることはなかった。明確にはわからない。でも、トータの中で何かしら理由があるんだ。僕はその場でそれ以上聞くのは何だか違う気がして、そのまま話を促すことなく帰路についた。
Tシャツにハーフパンツ。日中に着ていた服を脱ぎ、自分の荷物置き場に畳んで置く。暗闇に包まれた男子部屋。微かに差し込む中央広場の光。この服も、明日の朝には川で洗濯をしないといけない。今の僕たちは少ない物資だ、できる限り丁寧に扱う必要があった。
僕は、これから屋上の見張りに向かうために準備をしていた。服を着替えながら、左右の床に伸びる二つの影を眺めた。ハレと、そしてトータ。ハレは仰向けで寝ていて、トータはこちらに背中を向けていた。トータ、こういう時までハレに背を向けるなんて…。
僕は半ば呆れながら男子部屋の扉に手をかける。中央広場に出ると、反対側に人影が見えた。華奢な体に暗いフードの姿……リンだ。静電気が走ったように体が強張る。が、すぐに普段通りを装って僕は歩き出した。体が強張った理由は、僕が1番知っている。それなのに普段通りを装ってしまう自分が、憎らしかった。
僕もリンも、屋上、もとい2階へと続く階段に向かっているようだ。徐々に近づいていく僕たち。うーん、なんて声を掛けようか。
するとリンが先に立ち止まった。
「今日、私が見張りにいく」
「…えっ?」
リンが行くの?どうして……いや、答えはなんとなくわかる気がした。見張り。確かに戦闘がないとは言い切れない。以前、屋上から侵入してきた暴走者がいたと、トータも話していた。でも、だからって…。
僕がどうすればよいか答えあぐねていると、リンは黙って階段へと吸い込まれていく。
「えっと…」
続きなど思いついていないのに、言葉だけが先に出る。しかし、リンはそれを見透かしたかのように足を止めない。とうとう僕も何も言えずに、遠ざかっていくリンを見るしかなかった。
結局、僕自身もだ。トータにあれこれ言ったって、僕自身ができていない。上手く、やれない。微かに震える手が、夜の汗を拭った。
その1週間後、僕の元にある緊急要請が届く。
(ソーヤさん!至急!!応援要請をお願いします!!多数の……多数の暴走者が…!)
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