第3話 彼女は時間経過を知りました

「こうなると、このドアから出ることはできなくなります。ここからベランダを通って部屋に戻る、っていうのが正規ルートなんですが……」


 そう説明しつつ、茜は部屋を振り返った。


 ベランダから、目の覚めるような橙色の日差しが差し込んでいる。


 ――時刻は、夕方。これからは、夜の時間だ。


「…………。マジか、ホントにゲームと同じだな……」


 彼――彼女は、ぼそりと呟く。

 この配達員ゾンビに追いかけられるイベントでは、ある特徴があった。


 他人の部屋に逃げ込んだ場合、自動的に時間が夜に変更されるのである。

 確かに、ゲーム的にはよくある仕様ではあるが……。


「これは……どういう状況だ? この部屋に逃げ込んで、しばらく時間が経ったって感じ……なのか……?」


 今更ながら、彼――彼女は考え込む。


 自分は現在、あの『ZOMBIE - ゾンビ』の世界にいる。いや、ゲームの中に入り込んだとは考えたくはないが、少なくとも似たような世界にいるのは間違いない。

 そして、少なくとも、あのゲームの序盤と同じマンション内を同じゾンビが徘徊しており、同じ部屋で同じ物資を手に入れることができたのだ。


 だが、彼――彼女の認識では、この世界は普通の世界だ。だったはずだ。


 急に、朝から夜に変わったりすることは無いはずなのに――


「……まあ、考えても仕方が無いか。たぶん疲れて意識が飛んだとかそういうことだ。うん」


 ひとまず。

 考えても仕方が無いことは、考えないようにする。

 ゲームをする上での鉄則だ。ゲームにゲーム以外の法則を持ち込んでも仕方が無い。


「……というわけで」


 そうして、一瞬我に返っていた彼――彼女ではあるが、すぐさま意識を切り替えた。


 配信魂である。


 ドン、ドン、という扉を叩く音を背景に、茜は部屋を横切りベランダに続く窓の前に立った。


「さて、ここから外に出るんですが」


 茜はそういいながら、窓を『開けた』。彼女の眼前には、夕日に照らされる静かな町並みが広がっている。


「…………」


 ガア、ガア、という野太い鳴き声。

 明確な目的を持って活動する人間が居なくなったこの世界で、その行動範囲を広げている黒い悪魔、ハシボソガラスだ。


 その悪魔が、開いたベランダの窓を目聡く見つけ、突っ込んできた。


「おっと」


 そんな黒い悪魔に気が付いた彼女は、素早く窓を閉じた。


『ガー! ガー!』


 窓を閉じられたため、カラスは急減速。ばさ、とベランダの手摺りに掴まると、うるさく鳴き始める。


「えー、夜時間にベランダに出るとですね、カラスや猫が襲ってきます。それと、ガラスを割って部屋に戻ることになりますので、就寝時に野生動物による襲撃イベントが発生するようになるんですよね。あれ、地味に面倒ですし、快眠できないので疲労度が全快しなくなります。もちろん、1日寝て過ごせば回復する程度の話ではあるんですが――」


 彼女は解説しつつ、カラスを無視して玄関に向かって歩き始めた。


「そんなわけで、お兄さんをなんとかする、というのが最適解になります」


 茜は平然と、ゲームプレイヤーとしても異常な結論を平然と宣った。

 もちろん、公開した動画でも同じようなことを言っており、たいへんな盛り上がりを見せた見所でもあったのだが。


「残念ながら、この部屋からは物資を持ち出すことができないので――やっちゃいましょうか」


 そうして、彼女は玄関ドアの前で、すっと『しゃがんだ』。

 相変わらず、ドアの向こうの配達員ゾンビは、扉を叩き続けている――


「まずは様子を見てみましょうね~。はいお兄さんこんばんは~」


 そして、茜は躊躇無く、扉の新聞受けを内側に開いた。


 その瞬間、扉を叩く音が止まる。

 シン、と静寂が辺りに満ちた。


 そして。


『ししシシンぶんノォおおおトトトどどけドケドケでぇデエデデデスススゥーー!!!!』


 濁った叫び声とともに、新聞受けから青白い手が伸びる――!


「はい!」


 その瞬間、彼女は『掴んだ』。

 立ち上がりながら半身で腕を躱し、新聞受けに無理矢理突っ込まれた配達員の手首をむんずと掴む。

 そしてそのまま、茜は腕を思いっきり後ろに『引っ張った』。


『しいシイシィしいシシシイイシイ!?』


「掴んで引っ張る! はい、新聞配達のお兄さんの新ボイス発表です!」


 ずるずる!と新聞受けから、配達員ゾンビの右腕が引き出される。

 血飛沫が舞い、皮膚が剥がれて筋肉が剥き出しに。

 一瞬でグロテスクな状態になったゾンビの腕が、肩付近まで新聞受けから突き出した。


『ししシシン!? シンブンイカガイカガイカガがががガガガガ!?』


「はい、貴重な音声差分です。ここでしか聞けない音声ですねえ。ではでは」


 彼女はそのまま、ドアノブをひねって玄関扉に体当たりする。

 すると、勢いよく開いた扉と壁の間に、配達員ゾンビは挟まってしまった。

 彼女はくるりと『前転』しながら、その脇を抜ける。


「はい、これでしばらく、このお兄さんはここから動けなくなります。さっさと部屋に戻りましょう! ぐずぐずしてると――」


『しぃいしいしししいししいいしイシシイイシイシ!!』


『ガァー! ガアガア!!』


『ニャ゙ー!』


「野生動物も襲ってきます、はい。走って走って~」


 後ろから、前から、空から。

 野生化した猫、カラスが襲ってくるが、茜はたったかと廊下を走り、『前転』で猫の飛びかかりを躱すと、自室のドアを『開き』、すぐに『閉じて』、『鍵を掛けた』。

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