最強のホラゲー配信者がゲーム世界に転生したら、全く怖くない。

てんてんこ

第1章 明日田新町

第1話 彼女は目を覚ましました

 目が覚めると、見知らぬ天井が目に入ってきた。


「ここは……?」


 頭の中に霞が掛かったように、意識がはっきりしない。

 だが、彼にとってその状態はいつものことだった。


 配信業、などという職業は、何かにつけてストレスフルだ。

 ここ数年、寝起きが良かったという記憶は無い。


 彼は、そのままゆっくりと身体を起こした。

 腹部にまとわりつくタオルケットを、のろのろとした動作で剥ぎ取って。


「……あ?」


 そうして起き上がった彼の視界に映ったのは、くしゃくしゃに皺の入った、ベージュ色の柔らかな素材の寝間着。

 その寝間着から覗くのは、白く細い手首――


「…………」


 彼はすっと目を閉じ、顔を上げてから、改めて部屋を見回した。


 そこは、1Kのアパートの小さな一室だ。

 彼の部屋ではない。配信業に専念するため、わざわざ郊外の一軒家を探して借りたのだ。

 こんな狭い部屋では、動画の収録などできないだろう。


 小綺麗に片付けられた机の上には、ノートPCが1台、ひっそりと置かれていた。

 足元の窓際には、小さな本棚。

 そこに収められた本はなく、その代わりに狐のようなマスコット人形がひとつ、ぽつんと置かれている。


「……ミラクルテンコ☆ちゅねきーちゃん……?」


 その瞬間。


 彼の脳裏に、電撃のように記憶が走った。


 ――ミラクルテンコ☆ちゅねきーちゃん。


 このマスコットは、とあるゲーム開発会社が制作するゲームに必ず登場させるキャラクターとして有名だった。

 あるときはポスターに、またあるときはプレイヤーを導く解説キャラクターとして。


 そして、とある作品では、いろいろな場所に設置されるぬいぐるみとして登場していたはずだ。


「ま、まさかここは……」


 で、あれば。

 彼はベッドから立ち上がり、部屋のユニットバスルームに駆け込んだ。


 扉を開け、正面の鏡を見る。


 そして、そこに映っていたのは。


「『ZOMBIE - ゾンビ』の開始地点……!」


 名作ホラーゲームとして名高い、『ZOMBIE - ゾンビ』の主人公。

 何の力も持たない一般人の少女、木之下きのしたあかねの姿であった。


◇◇◇◇


「よし、いったん落ち着け……。ここが『ZOMBIE - ゾンビ』の世界であるということは……」


 いつもの癖で、彼――いや、彼女はそうつぶやきながら、机に座ってノートPCを立ち上げた。

 しかし、電源ボタンを押したにもかかわらず、ノートPCはうんともすんとも言わない。


「よし、電池切れだな……」


 茜は頷き、立ち上がる。

 ノートPCを起動するためには、電源が必要だ。

 だが、コンセントに接続されているにも関わらず、バッテリーは充電されていない。


 それもそのはず。


 『ZOMBIE - ゾンビ』の世界は、突如発生したゾンビウィルスによるパンデミックにより、文明が崩壊しているのだ。

 ゲーム開始時点では電気の供給が途切れている、という設定だったはずだ。


「ここが『ZOMBIE - ゾンビ』の世界なら……大丈夫。僕なら、クリアできるはず」


 彼女は呟き、机の上の物入れから、流れるように髪留めのゴムバンドを『取り出した』。

 そして、そのゴムバンドを『使い』、慣れた手つきで髪をまとめ、ポニーテール姿になる。


「イメチェン完了。うん、ゲームと同じように、自然に身体が動く――これなら」


 茜はそのまま、備え付けのクローゼットの前に移動し、扉を開けた。


 その瞬間。

 中に仕舞ってあったスタンドライトが、彼女目掛けて倒れかかる――!


「避けてもいいんですが、……っと。タイミングよく『掴む』ことで、安全にスタンドライトを受け止めることができます」


 が、彼女はするりとそれを躱し、片手でスタンドライトを『掴み』取った。

 もしこの『掴み』に失敗すると、スタンドライトが頭部に直撃し、少なくないHPを失うことになっただろう。

 また、単に『避ける』だけでも、電球の破片が部屋に散らばり怪我をしてしまう。


「む、つい解説が……職業病だな……」


 彼女はため息をつきながら、スタンドライトを元の位置に戻した。


 そう。


 彼女は――否、彼は動画投稿者。それも、ホラーゲーム専門の。


「『ZOMBIE - ゾンビ』は、かなりやりこんだからな……」


 茜はぼそりとつぶやき、クローゼット内の引き出しから、慣れた手つきでジャージを取り出す。


「ここで着替えず、寝巻きのまま外に出ることもできるんですが。そうすると、途中で服を引っかけてゲームオーバーになってしまうバッドエンドがあるんですねぇ。そうそう、実はこの髪留めも同じです。ゾンビに髪を掴まれてしまうシーンがあるんですが、髪をまとめておけばそれを回避できます」


 職業病。

 重要なイベントシーンで、彼――彼女は、ついつい解説してしまう、という病気に罹患していたのである。


「というわけで、服を着替えます。いや、部屋に全身鏡があれば皆さんにも貴重なお着替えシーンをお届けできたんですが。残念ですねぇ。――はい、着替え終わりました」


 そう解説しつつ、茜はジャージに着替え終える。


 そのまま、彼女は迷い無く玄関に向かうのだった。

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