CAN YOU CELEBRATE?

ゆいゆい

第1話

 仕事を終え、私は1人アパートに帰ってきた。ドアには「山足悟/環奈」と書かれた手製のプレートがぶら下がっている。

「よかったら、俺と結婚して下さい」と悟からプロポーズされたのが2ヶ月前のこと。結婚を意識していた私はもちろん首を縦に振った。同棲して3ヶ月経っており、そろそろかなとは思っていた。そして婚姻届を2人で提出に行き、私は五十嵐環奈から山足環奈になった。


「結婚式だけど、洋式と和式どっちがいいと思う。俺は和式がいいかなって思ってるんだけどどうだろう?」

 そう悟から話を振られたのは3日前のことだ。ロビーでのんびり縫い物をしていた私は「えっ」と反応し、すぐに言葉を返すことができなかった。

「でも、環奈がどっちでも選べるように両方のパンフレットを探してきたんだ。今度、どこの式場がいいか一緒に見学に行きたいんだけどいいかな」

「うん、もちろん」

 私は彼の提案に笑みを浮かべて同意した。結婚式の話は今までも何度か出ていた。ただ、正直結婚式についてはあまり真剣に考えてこなかったというのが本音だ。悟の真剣さが伝わってくるので、つい賛同してしまっているというだけである。その点においては、悟には申し訳なく思っている。


 悟は身支度を終えて夜勤に出た。悟は5年前から警備員の仕事をしている。安月給ではあるが、物欲がないので着々と貯金ができているのが彼の魅力だ。故に結婚式をするにしても、予算に不安等はないのだろう。まぁ、悟には身寄りがなく、交友関係も広くないので結婚式を開いたとて招待する人はさして多くないはずだ。一方私は交友関係は広いものの、そこそこに散財してきたので貯金はそこまでない。


 私はパソコンを開き、式場について調べてみることにした。悟が持ってきてくれたパンフレットは机に置きっぱにした。私はしっかりと情報収集をしないと気が済まない性分なのだ。

 とくに気を配るべきは予算だろう。近頃は、式場側が余計なオプションをつけてきたばかりに想定以上のお金を請求されたなんてトラブルも耳にした。レビューをしっかり見て一つ一つの式場の評判を把握する。今後の生活を考えると、なるべく予算は抑えておきたい。


 私と悟が出会ったのはいわゆる街コン、しかも脱出ゲーム街コンなる少々風変わりなものだった。当時私は25歳、悟は36歳でそこそこの年の差だと思う。自分で言うのもあれだが、容姿には自信があり、数々の男からそれとなく声をかけられた。だが、渡されたプロフィールをチェックのうえ、私が意識を向けたのが悟だった。「まさか年下のこんな美人さんから声をかけてもらえるなんて……」当時悟はそう恥ずかしそうに口にしていた。

 悟はお世辞にも美男子とは言えず、無精髭の目立つ冴えない男であった。ただ、一目見たときから、この人は真面目で一途で、慈愛に溢れた男性なんだろうなって予感があった。そしてその予感に間違いはなかった。


「なかなか良いとこってないものね……」

 タッチタイピングしながらぼんやり呟く。理想の条件を当てはめても、なかなかマッチする式場が見つからない。長い茶髪をかき分け、私は多少の苛立ちを覚える。幸せのために妥協は許したくない。

 ふと私は幼稚園の頃に仲が良かった真司君のとこを思い出した。


「環奈ちゃん、大人になったら絶対結婚しようね」

「うん!」

 親同士が仲の良かったこともあって、真司君とはとても親密な関係にあった。真司君から結婚の話を出される度、心の中がお花畑になったものである。それもあってか私は公園で摘んだたんぽぽをよく真司君にあげていたものだ。もっとも、中学校が別になって以後、彼がどうしているのかはほとんど知らないのだが。


 悟も私もコーヒーは飲まない。私は緑茶を作り、ふーふー息を吹きかけて口をつける。その時、左手薬指についている指輪が目に入った。

「これ、環奈のために買ったんだ。環奈に似合うといいんだけど」

 プロポーズの時に優しくはめてくれたそれは、きっと無理して購入したに違いない、輝かしいダイヤモンドが彩られたものであった。私の手には不釣り合いなそれが、今も薬指で輝きを放っている。職場の同僚からは羨ましそうな目を向けられており、優越感を与えてくれる。悟も嬉しそうに指輪を見つめる私を見てはにんまりしてくれる。


「あっ、ここいいかも……」

 やや時間はかかったが、私は1ヶ所良さげな式場を見つけた。とても外観が美しく、スタッフも丁寧にもてなしてくれるらしい。予算もお手頃で、ぼったくられる心配もなさそうである。悟はここを気に入ってくれるだろうか。うん、きっと気に入ってくれるに違いない。私は自信を持ってその式場のホームページをブックマークした。




「悟さん、どうして…………」

「環奈さん。この度はご愁傷様です。まさか悟さんがこんな形で亡くなられるとは」

 病院に駆けつけた悟の上司が、涙ぐむ私に声をかける。悟は、通勤途中電車にはねられてしまった。もちろん即死だった。私は連絡を受け、すぐさま病院に飛んでいったが、そこで待ち受けていたのは悟かどうか判断がつかない肉体だった。私は膝をつき、いつまでもむせび泣いた。




 棺の前に立つ私の指先が震えていた。悟はもう帰ってこない。帰ってこないのだ。そう自分に何度も言い聞かせる。そして、涙が止まらなくなる。

「この度はご愁傷様です」

「まだ新婚だと言うのに、お気を確かにね」

 参列した方々から似たような言葉を次々にかけられた。とはいえ、葬儀場とは静かなものだと感じさせられる。すすり泣く音さえ、遠慮がちに小さく響くだけだ。悟は通夜を終えたら、明日荼毘に付される。煙となって、天から私のことを見守り続けてくれることだろう。


「悟なら、私の幸せを祝ってくれるよね」

 参列者に注意を向けつつ、こっそり亡骸に向かって私は囁いた。悟の貯金や保険金はまるまる私の手元に入った。結婚指輪も落ち着いたら売るつもりだし、彼氏との生活資金には当分困らないだろう。式場も予算を抑えただけあって、大した支出を出さずに済みそうだ。

 悟は今、私の前で眠っている。きっと、私の選んだこの式場で私の門出を祝福してくれているに違いない。






 

 





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