おふくろさん

へりお

夜の浜辺にて

 夜の海風に当たるのは最近のマイブームだ。

辛いことがあった日、嫌なことがあった日。何でもない日も、変わらず優しく頬を撫でる風が心地よいのだ。

 決して暖かくはなくとも、だからこその良さがある。まあ、分からない人の方が多いかもしれない。


 世界に1人になったような感覚に浸っていると、からん、ころんと音が響いた。


「今夜は空が綺麗ですね。」


 音のする場所には、不思議な男が立っていた。和服で番傘を差し、紙袋を被った不思議な男が。


「あなたも浜辺を散歩に?いいですよね、夜の浜辺って。波の音がよく聞こえる。

…あとあなた、上着は着た方がいいですよ。今夜は冷えますので。」


 爽やかな声が袋に籠っている。

…正直もったいない。

その立ち姿や声は、まさに好青年というのにふさわしいものだった。紙袋を除けば。

それに、夜の浜辺を散歩しに来たのか。

__このひとも、同じなのか。

少し、嫌に感じた。

 こんななのは自分だけだと、勝手に思っていた。まあ、それはそれで寂しいが、ほんの少しだけ特別感もあったんだ。酷く普通な自分の唯一のアイデンティティみたいで。


「…あなたは、毎日ここに来るんですか?」


 まあ、毎日来ているか。

本当は1回きりにするつもりだったけど…

いつの間にかこんなに来ていた。


「毎日来ちゃいますよね。この夜特有の独特な浜辺の雰囲気が病みつきですもの。」


 この雰囲気はすごく好みにあっている。

誰も咎めない。誰も邪魔しない。


「こうやって話せる人、いなかったんです。

とっても嬉しい…あの、明日もこうやって話したいです。楽しくて…。」


 __また話したい?自分と?

変わった人もいるものだな、と思う。

みんな普通なやつとつるむほど暇では無いのだから。


「ふふ、楽しみが出来てしまいました。

今まで暇で暇で。あ、そろそろ日が昇ってしまいます、早いものですね。いつもとは大違い!じゃあ、またあした!」


 …勝手に約束をされてしまった。

されてしまったものは仕方ないか。

明日も、行ってみよう。

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おふくろさん へりお @honokasenpai

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