『無気力なコンビニ店員が、裏世界では『終焉の導き手』と呼ばれている件 2

伝福 翠人

害虫駆除と、裏世界の掃除屋

地獄のように「騒がしかった」(と悠斗が思っている)ウロボロスとの戦い(という名の騒音被害)が終わり、数日が経過した。真木 悠斗は、奇妙な『契約』を受け入れた結果、人生で最も快適な朝を迎えていた。


「おはようございます、我が主。聖域(アパート)内の不浄(ゴミ)は全て排除しました」


いつもならゴミが散乱しているアパートの部屋は、完璧に清掃されている。リビングに行くと、シスター服(の上にエプロン姿)のアリアが、完璧な朝食を用意して待ち構えている。


「(お、おお…家事完璧じゃん…)あ、どうも…」


悠斗は「(面倒なストーカーだと思ってたけど、最高の家政婦だ…)」と認識を改め、アリアは「(主の『日常(平和)』を維持管理できた…!)」と使命感に燃える。二人の勘違いが固定化された日常がスタートした。



その夜。悠斗はコンビニのシフトを終え、完璧に清掃されたアパートに帰宅した。


(アリアさん、家事完璧すぎて落ち着かないけど、何もしなくていいのは最高だな…)


彼がリビングでくつろごうと、ソファに腰を下ろした、その瞬間。


カサ、と。


部屋の隅で、彼が最も聞きたくない音がした。


悠斗の視界の隅を、黒い影が高速で横切る。


「…………」


悠斗は、息を止めた。以前遭遇した、どの組織のリーダーや幹部よりも、明らかに狼狽し、顔面蒼白になっていく。


(うわあああ! 面倒とかいうレベルじゃない! 無理無理無理! アレはダメだ!)


彼にとっての『最上級の面倒ごと』であり、生理的恐怖の対象。『害虫(G)』の出現である。


悠斗は、ソファから転げ落ちるように立ち上がり、自室(聖域の中の聖域)へ逃げ込もうとする。その途中で、完璧なエプロン姿で控えているアリアに、震える声で叫んだ。


「アリアさん!! アレ! アレどうにかして!」


「(ハッ)…! 『アレ』、でございますか」


アリアは即座に悠斗の視線の先を追う。


「(半泣きで)今すぐ! 『痕跡』も残さず消してください! お願いします!」


悠斗は、Gという存在の処理(=最悪の面倒ごと)を、絶対的な恐怖と共に家政婦(アリア)に丸投げした。



アリアは、悠斗がこれほどまでに狼狽し、顔色を変えた姿を「初めて」目撃した。


(…! 我が主が、これほどの『怒り』を露わにされるとは…!)


(あの組織リーダーの誘惑ですら『面倒』の一言で退けたあの方が…!)


アリアが悠斗の指差す先(G)を確認する。


(…虫? いや、待て。導き手が、この『些細な害虫』に、これほどの『絶対的な嫌悪』を?)


彼女は、悠斗の「『痕跡』も残さず消せ」という(恐怖に歪んだ)命令を反芻(はんすう)する。


(…! そうか、これは『比喩』だ!)


(この聖域(アパート)に侵入した『取るに足らないが不快な害虫(=裏世界のチンピラ、スパイ)』のこと…!)


(そして『痕跡も残さず消せ』…! これは、聖域周辺の『不浄』を一掃せよという『粛清命令』だ!)


アリアは、悠斗のGへの恐怖を、「聖域を汚す者への絶対的な嫌悪」と解釈した。


「――御意に(ぎょいに)」


アリアは、まず目の前の物理的な『害虫(G)』を(素手で)完璧に処理しつつ、同時に部下(聖域の監視者たち)へ通信で厳命する。


「これより聖域周辺の『害虫(スパイ)』を、今すぐ『痕跡なく』掃除せよ。…我が主の、御命令である」



その頃。『七つの災厄』の幹部『レヴィアタン』は、悠斗の行動原理(深読み地獄)を探るため、複数の末端スパイ(観測手)をアパート周辺に配置していた。


そのレヴィアタンの司令室に、緊急報告が飛び込む。


「シ、シスター! …いえ、レヴィアタン様!」


「どうした、騒がしい」


「アリアの組織(黄昏の聖櫃)が、突如として我々の観測手を『掃除(粛清)』し始めました! すでに半数がロスト!」


レヴィアタンは、その「掃除」が開始された時刻と、アパートの監視映像(音声のみ)を照合する。


(一斉粛清…? トリガーは何か?)


(…! 一致する。導き手が、自宅アパートで『害虫(G)』を発見した時刻と!)


レヴィアタンは戦慄した。ウロボロスの幹部が「換気扇」ごときで敗北したレポートを思い出す。


(馬鹿な…。ヤツは…『害虫(G)』の出現という、予測不可能な『カオス(混沌)』すらも『引き金(トリガー)』として利用し、組織を動かすのか…!?)


(『Gが出たから掃除開始』…こんな暗号、我々の知性(インテリジェンス)でも解読不可能だ…!)


(恐るべき統率力…!)


レヴィアタンが悠斗を監視するために配置した「目(スパイ網)」は、アリアの「掃除」によって(悠斗がGを怖がったせいで)完全に壊滅。彼は、悠斗の行動分析に必要なデータを失い、一時的に手詰まりになる。



一方、アパート。悠斗が(恐怖に震えながら)自室からおそるおそる出てくると、アリアが完璧な笑顔で立っていた。


「我が主。対象(G)の『痕跡なき消去』、完了いたしました。聖域(アパート)内の除菌も完了しております」


「(あ、あ…)あー、助かった…。マジでアリアさん、家政婦として有能すぎる」


悠斗は、裏世界の「掃除」が行われたことなど一切知らず、ただ「Gを駆除してくれた有能な家政婦」として、アリアへの信頼度(依存度)をさらに高める。


(Gが出ない家、最高。ラッキー)


悠斗は、こうして『平和』な日常を取り戻した。

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