EP.7 赤い錠剤と先輩
受験期なので、今週は一話だけ。
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朝起きたら、誰かが家に居たこと。あると思います。
その誰かが、ボクの家の中を掃除して、洗濯物も全部片付けてくれたことも。あると思います。
「先輩」
「はい」
そして、その誰かこそが、ボクの場合は今目の前にいる人物。
白い髪に桜色の目を持つ彼女はボクの後輩。
「流石に……ゴミくらい出しましょうよ……」
「ごめんサクラ……」
今現在、ボクことコハクは、後輩───サクラに説教を受けています。
……いや分かってるんだよ? なんで怒られてるのかは。
それでもボクは言おう。
めんどくさい、と。
「先輩ッ!! 流石に部屋がゴミ袋で埋まるまで放置するのはダメです!!」
「いやでもね?」
「デモもだってもありませんッ!! というかゴミ袋を布団代わりにするとか何考えてるんですかッ!?」
サクラは目を吊り上げて全身で怒りを顕にしている。
「布団が見当たらなかったんだ」
「〜〜〜〜ッ!! もうッ!! 先輩の布団が無いのはゴミ袋の下に埋まってたからです!! びっくりしましたよ。まさかキッチンの床の上に落ちていたとは……」
「そう……」
まあ寝れれば何でもいいよ。ゴミ袋だって自分の上に何個も乗っければ、それなりに暖かいし。
「……ハァ。まあ良いです。先輩が今日も生きていたことが分かったので」
「そんな簡単に死ぬわけないじゃん」
ゴミ山に埋もれた程度で死ぬわけ無いだろ。
こちとら銃弾飛び交う戦場で生き抜いてきた歴戦の兵士だぞ。
「いつ死んでもおかしくない生活をしてるから言ってるんですよ……」
そう言ってサクラは呆れたようにこちらを見る。
サクラの見た目は端的に言うならメスガキ。
「ざ〜こ♡ざ〜こ♡」っていう言葉が一番似合う女の子だ。
本来のメスガキと違う点といえば、サクラもボクと同じくらい戦績を上げているということだろう。
つまり強い。ホントに周りが雑魚ばっかりなのだ。
『サクラ上級戦闘官』。
ボクの一個下(と思われる)の後輩であり、戦場を駆け抜けるエリート兵士だ。
「ところで……」
「?どうした?」
「抑制剤……飲みました?」
抑制剤? あぁあの赤い薬のことね。
飲むと気持ちがストンと座るというか、重みが出る?
とにかく気持ちの上げ下げを抑えてくれる薬だ。後、『鎌鼬』を使う時の負荷を減らす効果もある。
『鎌鼬』って、どの向きに向いてて、どの方向に進んでいるかの情報を常に頭にダイレクトインしてくるからね。
自分の身体と四本の浮遊刃を同時に操作してる都合上、一瞬の油断が禁物の戦場では、少しでも脳の処理リソースを効率的に分配しないといけない。
因みに『鎌鼬』を動かしてない時は、浮遊刃はただ自身の位置と先端の方向を共有してくるだけだ。
だから今もどの辺りにあるのかぼんやりと把握できてる。
今は……『第三地区』か。
軍事関係施設の多いあそこなら多分整備とかしてるんだろうね。
数日前にゲートで"ちょっと"やらかした後に没収されてたんだった。
「いらない」
「いらないって……毎日飲みよう処方されてますよね?」
「でも今はしんどくないし……」
薬って辛い時に飲むものでしょ?
今はバカみたいに家に籠って食っちゃ寝の生活しかしてないからね。
しんどくなる要素がない。
「もしかして……数日間飲んでないんですか!?」
サクラは、驚いた様子でボクを見る。
なんだろう。そんなに驚くことかね。
「いやだってずっと家にいたし……」
「えぇ……」
サササッと後ずさるサクラ。
しかも、気のせいでなければ身を少し屈めて格闘の構えに入ってる。
ボクをなんだと思ってるのやら。
「とっ、とにかく!! とにかく飲んで下さい!! 何処に置いたんですか!?」
「いやでも「の、ん、で、く、だ、さ、い、ね?」……はぃ」
さて、何処に置いたのやら。
ここ数日間は記憶があやふやだからなぁ……。
辺りを見渡すと、サクラが片付けてくれたのであろうボクの部屋が見える。
……床が見えるのなんていつぶりだろうか。
薬を探すという目的を即忘れ、体感5倍程拡大した生活スペースに感動していると、サクラがボクをジロリと睨む。
「……先輩? 早く飲んでくれませんか?」
「わかってるって。……えーっと何処に───」
「枕元に見えるのは薬じゃないんですか?」
枕元?……あぁ、ホントだ。
赤いカプセル剤が何錠も入った半透明のケースがあった。
よかった。ちゃんと手元に持ってたらしい。流石ボクだ。
因みに、ケースの中にはびっしりと錠剤が詰まってる。
つまり一錠も減ってないってこと。
薬を使ってないのは健康な証拠だからね。
と思いながら中々開かないケースに悪戦苦闘しているボクを見て、サクラが横からヒョイッと取り上げる。
……あぁ、開けようと思ったのに。
ホントに開けようと思ったんだよ。でも全然力が入らなくてさ。
なんでだろ?寝起きだからかな?
……だからため息を吐かないでください。
「はいっ、どうぞ」
ボクのさっきまでの苦戦が嘘のように、サクラは簡単に開けると、中の錠剤を一錠ボクに渡してくる。
「……水」
「子供じゃないんですから……」
「なんか動けない……」
「ハァ……分かりましたよ」
そう言って呆れながらも、キッチンに水を汲みに行くサクラ。
その背中を見ながら、ボクは自分の手を見る。
左手には赤い錠剤、右手には何もない。
土すら触ったことがないくらい綺麗な手だ。
こんな手が、泥どころか臓物に塗れるぐらい汚れきってるなんて誰が思おうか。
ギュッと、両手を握る。
……人を殺すことは、悪い事だとは思わない。
今までだって散々殺してきたし、これからも殺すのだろう。
でもボクはそれを苦痛に感じない。
それに罪悪感を覚えない。
前世の記憶では、確か人を殺すことは罪だった。
でも、罪を逃れる方法も、実際に逃れた例も、逃れた人も多くいた。
誰もが見てる前で、
結局、人を裁き、罰を下すのは同じ人なのだ。
そして、その基準となる法を作るのも人だ。
人は、罰を受けたくないから、罪を犯さないのだと思う。
罪悪を感じるのも、それが法に触れるのではないかと恐怖する気持ちの、別の方向からの感じ方なのだろう。
〈アーケディア〉では、人を殺す事は条件によっては悪ではない。
例えば、"党員"が"市民"を無差別に殺害しても理由を説明できるのなら、それは罪にならない。
別に大層な理由は必要ない。証拠の提示を求められているわけでもないのだ。
「怪しい動きをしていた」「こちらを伺っていた」「衣服が清潔過ぎた」。
どんな理由でもいい。
そもそも理由を話すのは裁判所ではなく、役所の窓口なのだ。誰も真面目に聞いてない。
そんなケースが、この国には幾らでもあるのだ。
───故に。
故に、ボクは人を殺す。
どれだけの悲鳴を聞き、どれだけの怨嗟の声を受けても。
この国はそれを許しているのだから。
この国がそれを命じているのだから。
「人を殺せば、褒めてもらえる」
───この世界に産まれて、最初に知ったことなのだから。
「………い……」
誰も見てくれなかったボクの───。
「───先輩ッ!!」
「うぇっ!?」
……ビックリした。
少し焦った様子でボクを見るサクラ。
目が合うと安心したのか、ボクに水の入ったコップを渡してくる。
「どうしたの?」
「もう忘れたんですか。薬を飲む…あっ……」
「えっ? 薬? ……あ」
握る手に乗せられていた赤い錠剤は、砕けてバラバラになっていた。
まるで手にこびり付いた血のように。
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●おまけ(にしては長過ぎる世界観解説)
〈アーケディア〉の軍組織における階級は主に五つに分けられる。
因みに、軍人は"党員"の職業の一つである。つまり全員髪が白い。
◯『上級戦闘官』
複数の部隊に命令を下し、自身も力を振るう存在。
その力は強大で、組織内でも少数しかいない。
圧倒的な戦闘能力で戦況を変えることすらある。
付与される権限的には所謂「士官」に該当する階級。
◯『中級戦闘官』
上級戦闘官よりは人数が多く、基本的には一つの部隊を率いる。
戦場に於いて、直接戦場に突撃しがちな上級戦闘官に変わって部隊を指揮する存在。
地味だが、絶対的に必要な、所謂「下士官」に該当する階級。
◯『下級戦闘官』
戦場に投入される中では最も弱く、最も数の多い存在。
中級戦闘官に率いられ、上級戦闘官が開けた場所へ突入し、戦線を維持する雑兵。
戦場に於いて最も死亡率が高いが、その内訳は敵との交戦ではなく、上級戦闘官の戦闘に巻き込まれるケースが大半を占める。
所謂「兵」に当たる階級。
◯『予備戦闘官』
〈アーケディア〉では、軍が治安維持も担当する。
"本国"内に配備され、主に施設の警備兵や、各地区を統治する『地区管理局』からの命令を受けて武装警察として運用される。
軍人としての待遇は最底辺で、汚職や腐敗に塗れる事も多く、圧政の象徴として"市民"からのヘイトを集めやすい。
戦場に投入されることはないが、"市民"の暴動や反体制組織のテロによって死亡することの多い存在。
『
『特務戦闘官』
定義が特に定まっていない階級。
一応、指揮系統上では最も高い階級。
現状だと、研究者や技術者、外交官などが、護衛の兵士に命令する為に一時的に付与される階級という扱い。
軍人としての立場を持っていないと、護衛の兵士も言うことを聞いくれないので、この階級は必須である。
技術士官もこの階級に当たる。
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主人公くんちゃんは前世日本人ですが、その日本が我々の知る日本とは言ってない。
ユートピア・メタスタシス 〜TS転生エリート兵の異世界奮闘記〜 とりさん @rii04
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