1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話

すくらった

第1話 大賢者にして勇者、全てに飽きて1000年後の世界へ

前世で“大賢者”、現世では“勇者”と呼ばれた男――トレセル。


彼はたった今、世界滅亡を企んだ魔女フェイドゥーラを討伐したばかり。 彼はすべてに飽きていた。


自らの強さに。

世界に。

そして救われて当然と考える人々に。


「今度は、平民の子にでもなって、目立たんように暮らすか。そうだな、1000年後あたりで」

そう言って、彼は転生魔法を発動させた。


だが彼が転生魔法で1000年後の世界に向かう直前、フェイドゥーラの目に光がもどる。

彼女は、自分の爪を魔法陣に向かって投げ込み、呪文を唱えた。フェイドゥーラはにやりと笑って、事切れた。


そして、千年後。 目を覚ますと、彼はどうやら廃屋の中にいるらしかった。


埃っぽい床、割れた窓、腐りかけの木の香り。 トレセルは目の前に映る少年の姿にほっと息をついた。


(ふん、普通だな。これなら穏やかに暮らせそうだ)


そう思った、その時。

鏡像だと思っていた『自分』が、こちらに手を伸ばしてきた。


ぺた。 柔らかい感触が伝わる。


「……何この、ふわふわ」

目の前の少年が勝手に喋る。


トレセルがよく見ると、それは自分ではない少年の顔だった。


(…いや、俺はこいつに転生するはずだった)


勇者トレセルは廃屋を見渡し、鏡があるのを見つけると、今度は本当に、鏡で自分の姿を見た。 そこに映っていたのは、真っ白でふわふわな毛玉のような生き物。前世で長髪だったのを反映してか、キツネのような頭から、太くて長い尻尾が生えている。


「あっ……」


賢い彼は、すぐに理解した。 あの少年の身体を使って転生するはずが、失敗した、と。


と、思っている間に、ドタドタと、外から足音が響いた。 鏡越しに見える少年の顔。怯えている。


なるほど、こいつ、いじめられているのか。

それで廃屋に隠れている、と。

なるほどね。


トレセルは、ふわふわの姿のまま声をかけた。


「おい、少年」

「ひ、毛玉がしゃべった!」

少年は素っ頓狂な声を上げ、慌てて口を押さえる。

「声が聞こえたぞ!こっちだ!」

外で怒鳴り声がした。

「なんか訳ありみたいだな、少年」

トレセルは、にやりと笑った。

「その体を俺に貸しな。今の状況から救ってやる」

「ど、どうやって?」

「ええと……」


トレセルの視線が、少年の左手の銀の腕輪に吸い寄せられる。


「それ、どうしたんだ?」

「この腕輪?僕が赤ん坊のころから付けてるよ。 生まれた時に若い占い師が来て、『この子が大きくなった時、悪しき魂に体を乗っ取られる運命にある。 それを防ぐために、この腕輪をつけなさい』って言ったんだって」


トレセルは歯噛みした。 間違いない。フェイドゥーラだ。先回りして俺の転生を阻止しやがったな。 外の足音がどんどん近づいてくる。


「おい、少年」

トレセルは低く言った。

「その腕輪を外せ」

「ど、どうして?」

「俺が一時的に、お前の体を乗っ取る」

「はぁ?」

「まあ聞け。 俺は前前世で『大賢者』、前世で『勇者』と呼ばれた男だ。 お前、追われてるようだな? おそらくいじめっ子だろう。 俺に体を貸せば、おそらく、お前の体でも奴らを撃退できる」

「でも……」

少年が眉をひそめる。

無理もない。 見知らぬ毛玉にそんなことを言われて、信じられるはずがない。

「あと調べてないのはここだけだ!」

「今日の上納金を泣いて渡すまでボコボコにしてやる!」

外の声が扉のすぐ向こうで響いた。

「どうする?」

トレセルが問うと、少年は唇をかみしめ、腕輪を外した。

「いい判断だ」

トレセルはふわりと跳ね、少年の胸に飛び込む。 白い光が少年を包み、毛玉の姿は消えた。


バン!と扉が蹴破られる。

「いたぞ!おい、今日の上納金を渡せ!」

ニヤニヤ笑う三人の悪ガキ。

だが、彼らの前に立っていたのは、もう怯えた少年ではなかった。


「上納金?」


白い髪で赤い眼をした少年が、

ゆっくりと笑う。


「そうか、今日の分……」


手が近くにあった木の棒を掴む。


「もらってなかったなぁ」



「なんだてめぇ!反抗的な!やっちまえ!」

掴みかかってくる悪ガキたちをひらりとかわし、あっという間に後ろに回り込む。 「悪い子にはおしおきだよっ、と」

トレセルは、木の棒で悪ガキたちの尻に一発ずつ、スナップの効いた一撃を叩き込む。 その動きはまるで熟練の剣士のようだった、

「い、い、いてえええ!」

その一撃で、いじめっ子たちはあっさり地面に転がった。 悲鳴を上げて、尻を押さえながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「ふう……最近のガキはヤワだな」


トレセルは少年の身体を動かしながら、息を吐いた。 静けさが戻ると、彼は積み上がった荷物の上に目をやる。


そこには、外したままの銀の腕輪が転がっていた。 このままにしておけば、あいつの魂は眠ったまま。 俺はこの身体を乗っ取って、転生完了、できる。 だが。


トレセルは、ゆっくりと腕輪を拾い上げた。 そして、少年の手首に銀の輪をはめる。 ボフッ、と音がして、白い煙が立ちのぼる。


次の瞬間、トレセルの意識は少年の身体から弾き出された。


「ううっ……!」


少年がうずくまる。 身体が痛みに震えている。


「体が痛いか。そりゃそうだ。 お前の身体能力なんて、とっくに超えた体の使い方をしたからな」

「どうして……」

少年が、かすれた声で尋ねた。

「どうして腕輪をはめたの? あのままにしておけば、僕の中で生きていけたのに」

「おっと、なかなか賢いな」

トレセルは少し笑いながら言う。

「俺にもよくわからん。けどな。 言った通り、俺の前世は勇者だ。 世界の人間を救った男が、村の子供に取り憑いて一生を過ごすなんて……やることがみみっちいと思ってな」

「僕の人生が、みみっちいってこと?」

「あ、いや、そういう意味じゃ……」

少年はくすっと笑った。

「分かってるよ。助けてくれてありがとう、勇者さん。 僕の名前はヴィーノ」

「俺は……大賢者にして勇者!トレセルだ!」

「毛玉が言っても説得力ないね」

「それは否めないな」

二人は顔を見合わせて、笑った。 廃屋に、ようやく穏やかな空気が戻った。


ただ、まだ二人は知らなかった。これから彼らに訪れる、苦難と試練の日々を。


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