うざかわいい後輩は今日も俺を部室に連れ込んでキスしてくる
りんどー@書籍化準備中
うざかわいい後輩は今日も俺を部室に連れ込んでキスしてくる
「せんぱい、キスしましょう」
俺、
が、靴箱の前で後輩に呼び止められた。
一つ下の後輩だ。
ショートボブの黒髪にはピンクのインナーカラーが入っていて派手にも見えるが、かわいらしいという印象の方が勝つ。
入学して数ヶ月の高校一年生でありながら、学校で一番の美少女との声もある。
交友関係が広く、他学年の生徒にも知られている人気者だ。
男子からよく告白されているらしいが、すべて断っていると本人が言っていた。
一方の俺、水無瀬透哉は寮から通学する二年生だ。
寮生で仲の良い奴はいるが、諸事情によりクラスではぼっちだ。
友人が少ないことを除けば普通の高校生で、特に目立ったところはない。
「急に何を言い出すんだ」
強いて言うなら、まさに今目立っている。
人の往来が多い放課後の昇降口付近で、学校で一番の美少女に話しかけられているからだ。
しかも、妙な話題で。
まったく、やっかいな後輩に絡まれた。
「だってせんぱい、帰ろうとするから」
涼那は悪びれもせず笑った。
「悪いけど、今日は予定があるんだ」
「どうせ寮に帰って読書とかですよね? そんなの予定に入りませんよ」
「……俺には大事なことなんだが」
「読書もいいですけど、かわいい後輩と部室でいちゃいちゃした方が幸せじゃないですか?」
「俺がいつ、君といちゃいちゃしたっていうんだ」
誤解を招くような発言はやめてほしい。
「君じゃなくて涼那って呼んでくださいって言ったじゃないですかー」
周りの生徒たちの視線が痛い。
「ぷっ……はは。注目されて緊張しちゃうせんぱい、面白いですね」
「からかうなよ」
「部活をサボって帰ろうとするせんぱいが悪いです」
「天文部が昼間から何をするんだよ」
「かわいい後輩と駄弁ったり、お菓子を食べたり?」
「それ、もう部活じゃないだろ」
天文部は夜、不定期に天体観測を実施しているが、それ以外にはまともな活動をしていない。
「いいから来てください、部長命令です!」
涼那は俺の手をつかんだ。
どうやら、今日も逃がしてくれるつもりはないらしい。
俺は屋上にある天文部の部室に連行された。
三畳あるかないかの小部屋に、望遠鏡や天文に関する本が雑多に置かれている。
あとは机とパイプ椅子、私物とお菓子が少々。
天文部の部員は三名。部の存続に必要なギリギリの人数だ。
今年の初めに涼那が部長となり、廃部になりかけていた天文部を復活させた。
部員は俺ともう一人、涼那の友人がいるらしいが籍を置いているだけの幽霊部員なので、一度も見たことがない。
実質二人きりだ。
「さっきはなんであんなことを言い出したんだ」
「タダじゃ私の頼みを聞いてくれなさそうだから、報酬をあげようかと思いまして」
折りたたんでいたパイプ椅子を広げて、俺と涼那は話す。
「俺相手に、そこまでする必要ないだろ」
「私にとって、せんぱいは命の恩人ですよ」
命の恩人というのは、あながち間違いではない。
俺は昨年の入学式の際に、学校近くの交差点で車に撥ねられて大怪我を負った。
事故で入院して高校デビューが遅れた結果、俺はクラスに友人ができず、ぼっちとして一年生を過ごした。
そして迎えた今年の入学式の日。
同じ交差点で、事故に遭いそうになっていた涼那を見かけた。
涼那が昨年の俺と同じような境遇になるのは忍びないと思って助けたら、代わりに今年も骨折して入院することに。
そのせい……というだけでなく俺自身の性格も影響していると思うが、結果として今年もぼっちになった。
「俺みたいになったらかわいそうだと思ったんだが……杞憂だったか」
「そうですね。私は美少女で人気者なので、事故に遭ってもぼっちになることはなかったかもです」
「自分で言うな」
「でも、助けてもらったことは本当に感謝してますよ? 無駄に頑丈なせんぱいなら骨折で済んでも、か弱い私だと死んでいそうですし」
「その割に、いつもからかわれている気がするけどな? 先輩として敬われていないだろ、俺」
「まさか。むしろ敬意を持ってお礼をしている最中です」
「お礼って、心当たりがないんだけど」
「せんぱいが華の高校生活で一人寂しい思いをしないように、私が構ってあげてるんです」
涼那は得意げに背筋を伸ばした。
「俺を天文部に引き入れたのもそんな理由だったのか?」
「はい。感謝してください」
「それはどういたしまして?」
ドヤ顔をされても、反応に困る。
「もちろん、お礼とか義理だけが理由じゃないですけどね」
「ぜひ聞いてみたいね。どうして人気者がわざわざ俺に構うのか」
「私が個人的にせんぱいを気に入っているからです」
涼那はじっと視線を合わせてくる。
俺は胸が高鳴るのを感じたが、すぐに抑え込んだ。
「気に入っているって、からかいがいがあるとか、そういう意味だろ?」
「いやいや。ぼっちのくせに誰もやりたがらない体育委員を積極的に引き受けて、クラスメイトのために授業の準備をしている姿とか、気に入っていますよ」
涼那にからかわれる中、俺は驚いていた。
そんな話、した覚えはないんだけどな。
「……献身的だと褒められている、と受け取っておくよ」
「前向きなのはいいことですね。何より、私のうざ絡みもなんだかんだで受け入れてくれるところが、お気に入りポイントです」
涼那は満面の笑みを浮かべた。
少しあどけなさが残る、まばゆい笑顔だ。
学校で一番の美少女と言われるだけあって、破壊力が高いな。
俺は耐えきれずに顔を背けた。
「あれ。せんぱい、聞いてます?」
わざとらしく、とぼけたような声だ。
「……まあ、俺も結局は居心地の良さを感じているから、ここに来ているのは事実だよ」
俺は顔を背けたまま答えた。
「それは良かったです。ところでせんぱい、こっち向いてもらえますか?」
「なんだ——」
俺が振り向くと、そこには涼那の顔があって。
「えいっ」
俺と涼那の、唇と唇が触れあった。
「聞いているというよりは、効いている方でしたね。おかげで隙だらけでした」
「涼那、今……」
「はい、キスしました」
呆然とする俺に、涼那ははっきりと告げた。
「……俺、初めてだったんだけど」
「そうですか。私もです」
「なんで」
そんなに平然としているんだ。
「だって、今日はそういう誘い文句だったじゃないですか」
「いや、部室に連行されるときに、確かにそう言っていたけど……てっきり冗談かと」
「私は本気で気になってましたよ? せんぱいとキスしたら、どんな気持ちになるのか」
「ちなみに、どんな気持ちに?」
「さあ、どうでしょう」
はぐらかされた。
「私の気持ちが知りたいなら、明日も部室に来てください。そしたら——」
「明日になったら、教えてくれるのか?」
「いえ。また、キスしてあげます」
食い気味に尋ねた俺に、涼那は余裕そうに口元を緩めた。
その瑞々しい唇を見ていると、俺の頭に遅れてキスの感想が浮かんでくる。
想像以上に、柔らかかったな。
◇◇◇
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