夜の研究所シリーズ

nope

シュガー博士の甘い研究所

町のはずれに、いつも甘い匂いが漂っている丘があった。

そこには「シュガー博士の研究所」と書かれた看板が立っていて、

扉にはこう書かれていた。


「世界でいちばん優しいお菓子を作っています」


けれど、博士がどんな人なのか、見たことがある人はいなかった。



ある日、孤独な少女ミリーがその扉を叩いた。


家ではいつも怒鳴り声が響き、両親は仕事ばかり。

ミリーが笑うのは、夢の中でだけだった。


「こんにちは……博士はいらっしゃいますか?」


「おやおや、珍しいお客様だね」


現れたのは、砂糖のように白い髪の老人だった。

目は琥珀色に光り、背中からは砂糖菓子の粉がひらひらと舞っている。


博士はミリーを中へ招き入れた。

研究所の中は、甘い香りで満ちていた。

壁はキャラメルでできており、床はマシュマロのように柔らかい。

ガラス瓶の中では、いくつもの感情のキャンディーがゆっくり回っていた。



「これは悲しみを一粒で消してしまうキャンディー。

これは怒りを包み込むガム。

そして──これが“優しさ”の結晶だ。」


博士がそっと取り出したのは、透明な青い砂糖の粒。

まるで心臓の鼓動のように光っている。


「ひと口なめれば、世界中の人に優しくできる。

けれど、食べすぎると……心が溶けてなくなってしまうのさ。」


ミリーは迷った。

だけど彼女は、両親にも、世界にも、

少し優しくなりたかった。


そっと、ひと粒、口に含んだ。



──あたたかい。

──やさしい。

──涙が、あまい。


ミリーは笑顔になった。

久しぶりの、本当の笑顔だった。


けれど数日後、

ミリーの声はだんだんと小さくなり、

顔から表情が消えていった。


誰にでも優しく微笑むけれど、

そこに心は感じられなかった。

まるで砂糖人形のようだった。



そしてある夜、ミリーは丘の上の研究所へ戻った。


翌朝、扉には新しい看板がかかっていた。


「世界でいちばん優しい助手を募集中」


それ以来、博士の隣にはいつも、

小さな青い影が立っているという。


誰にでも笑いかけるが、

その笑顔が本物かどうかは、

誰にもわからない。







🕯 あとがき(作者メモ)


優しさの中にも、少しの毒がある。

それを知らずに飲み込んでしまった少女の話。


夜の研究室シリーズは、

「人の感情」をテーマにした短編シリーズです。

次回は──怒りのクッキー。

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夜の研究所シリーズ nope @nope_lab

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