第25話 落ち着く二人 闇は動く

  12月4日 午後15時45分

王国『パラティーヌ』

ロスペン侯爵家・エドガーの部屋


 数十分の間、休むことなく話したエドガー。シオンは疲れた顔をしながら彼に話しかけた。


「エドガーくん……、満足した……?」


「満足した」


 満足そうに頷くエドガー。シオンはため息をつき、立ち上がった。


「満足したようで何より。さてと、私は部屋に戻るけど……エドガーくん、ちゃんと寝てね」


「いや、聖女様に心配されたくないんだけど……」


 文句を言うエドガーを見た瞬間、シオンはニッコリと笑った。しかも、目は全く笑っておらず、握りしめていた彼女の右手には、金色の淡い光が出ていた。


「エドガーくん、何を言ってるのかな? ちゃんと寝ないとダメでしょ? 何も守らない悪い子供には、聖女様から直々に、『祝福』を贈ってあげましょうか?」


 普段から穏やかで、怒らないであろう聖女様から漏れ出る殺気と怒りを感じ取ったエドガーは、寒気がする程、怯えてしまった。


「ワ、ワカリマシタ……チャント、ネマス……」


 恐怖のあまり、カタコトで聖女様に言葉を返す。


 エドガーの言葉を聞いたシオンは、満足そうに頷いた。淡い金色の光に包まれていた彼女の右手も、いつの間にか光が消えていた。


「うん、エドガーくんは素直で良い子供だね。じゃ、ちゃんと寝てね。それと、ご飯もちゃんと食べるように」


「いや、聖女様……お母様かよ……」


 ボソリと呟いたエドガーだったが、シオンにちゃんと聞かれていた。


「エドガーくん? 今、なんて言ったの?」


 消えていたハズの殺気と怒りが、彼女を覆い始める。


「な、なんでもありません!! ちゃんと寝て、ちゃんとご飯も食べます!!」


 エドガーは怯えながらも声をあげ、シオンとの約束を守ると誓ったのであった。


     ーーーーーーーーーー


 12月4日 午後15時45分

王国『パラティーヌ』

 ドゥラーク公爵家・バトラーズルームにて。


 クッキーや淹れたての紅茶が注がれたティーカップが置かれた丸いテーブルを挟んで、三人の人物が椅子に座っていた。


 ジュアンとルエムは、怯えながらも向かいに座っている人物を見つめる。


 シワ一つない黒の執事服を着た、茶髪の髪をした男性。


「あの……僕たちを呼んだ理由は……?」


 ジュアンは、恐る恐る男性に話しかける。執事服を着た男性・ヴァセクは口を開いた。


「旦那様からの命令です」


 ただ、それだけ呟いた。


 ヴァセク、彼はドゥラーク家の分家生まれの人間たのだが、ある時ラウズの実父の考えに感化され、仕えることを決めた男なのだ。


 今は、執事としてドゥラーク家に使え、ジュアンとルエムの世話・監視なども務めている。


「ルエム、ジュアン。怯えてないで、クッキーと紅茶を楽しんでは?」


 ヴァセクの言葉に驚きつつも、ルエムとジュアンは震える手でクッキーを一枚手に取り、一口噛る。


 とても美味しいクッキーなのだろうが、彼らにはクッキーの味なんて分からなかった。


 菓子を食べた後、ルエムとジュアンはティーカップを手にする。一口飲んだのだが、紅茶の味も分からなかった。


「ルエム、ジュアン。美味しいですか?」


「はい、とても美味しいです」


 ヴァセクの問いに、怖がりながらも二人は同時に答える。


「そうですか。所で…ルエム、ジュアン。最近の調子はどうですか?」


 突然、耳に届いたヴァセクの意外な言葉にルエムとジュアンは唖然としてしまう。


「えっ…?」


「何をそんなに驚いているのですか? 私は旦那様から君たちの世話を任されている身……。体調を心配するのは普通です」


 ヴァセクの言葉を聞くなり、怯えが少し消えたのか、ジュアンは楽しそうに話し始めた。


「えーと、はい。どこも悪くありません。それに…今日、雪遊びをしたんです。遊んだ後に、ルエムと一緒に温かい飲み物を作って、毛布にくるまって話していました」


 楽しく話している弟を見たルエムは、怯えの色が顔から消え、いつも通りの無表情に戻った。


 無表情のルエムだったが、少しだけ温かい雰囲気を出していた。


「そうですか。さぁ、どうぞクッキーと紅茶を楽しんでください」


「分かりました」


 ルエムとジュアンはクッキーを食べたり、紅茶を飲んで、二人で楽しんでいた。


 二人だけで楽しんでいる姿をヴァセクは、無言で見ていた。

 

     ーーーーーーーーーー


 二人のティーカップが空になったのを見たヴァセクは、左手をあげる。


 彼の手を淡い黒色の光が包み込み始めた。


「紅茶を早めに飲んでくれて助かりました。それに、容易に心を開いてくれて良かった」


 不適に笑うヴァセクを見たルエムとジュアンは、ティーカップを落としてしまう。


 落ちたティーカップは、音をたてて割れてしまった。


「そんなに怯える必要ないでしょ? ルエム、ジュアン。貴方たちにちょっとした『実験をして欲しい』と旦那様から頼まれたんです」


「えっ……、実験……?」


 ルエムの言葉に、ヴァセクは静かに頷く。


「そうですよ? 禁忌の魔方の一種である『傀儡化かいらいかの魔法』に、を合わせたらどうなるのか……とね」


 ヴァセクは、二つのブローチを懐から取り出す。黒い魔法石が埋め込まれた、質素な作りのブローチだった。


「このブローチには、『かけた魔法を強力化・維持する魔法』が施されています。さぁ、ルエム、ジュアン。このブローチを首にかけなさい」


 ヴァセクの冷たい声に、ルエムとジュアンは怯えながら、ブローチを手に取り首にかけ始めた。


 二人が首にブローチをかけ終わったのを見たヴァセクは、魔方陣を展開させている左手を彼らの方に向ける。


「これが、旦那様からの命令です」


 ヴァセクの左手から淡い黒の光が消える。


 それと同時に、ルエムとジュアンの目から光が完全に消え、虚ろになっていた。


「どうやら、魔法は成功したようですね」


 彼の変化を見たヴァセクは、そう言うなり席から立ち上がる。部屋を後にする前に、彼はルエムとジュアンに『命令』を下した。


「ルエム、ジュアン。割れたティーカップを君たちで処分しなさい」


「はい。かしこまりました、ヴァセク様」


 ルエムとジュアンは、感情も何も籠っていない声でそう答える。


 後片付けを彼らに任し、ヴァセクは部屋を後にしたのであった。





 

 

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