第11話 犬とウサギは怯える
11月27日 午後14時01分
王国『パラティーヌ』
ドゥラーク公爵家・『折檻部屋』にて。
冷たいコンクリートの部屋に、五十代半ばの男性・先代のドゥラーク公爵がいた。彼の目の前には、床に正座しているジュアンとルエムの姿がある。
「ルエム、ジュアン。何故、ここに呼ばれているか分かっているな?」
男性の冷たい声が、二人の耳に届く。
「……はい」
そう呟くジュアンの声は、酷く落ち込んでいた。
ここへ呼ばれたのは昨日の事が原因。リアンがいる書斎に入ってしまったのだ。
(昨日、執事に罰を与えられた……。けど、
ジュアンは膝の上で拳を握る。無表情だったルエムの顔が心なしか、怯えの色が浮かんでいた。
「旦那様……、勝手に書斎へ入った事は謝ります……だから……」
「黙れ!」
ジュアンの言葉を遮って、二人に怒声を浴びせる男性。ジュアンとルエムは、驚きのあまり反射的に頭を手で覆い隠す。
「お前らの言葉は聞きもたくない。魔物風情が……ノコノコと、人間の居場所に入って言ったとは……」
男性の怒りの声を聞いたルエムは、怯えながらも口を開き始める。
「申し、訳…ございません、旦那様…。『計画』を決めたのは……、俺です。だから……」
「黙れと言う言葉が分からないのか!」
耳に響き渡った怒声に、ルエムとジュアンの肩が大きく震える。彼ら二人の表情は、とても怯えていた。
「お前らの言い訳や言葉は聞きたくない。私が『喋れ』と命令するまで、私語は許さん」
慈悲もない、冷たく吐き捨てられた言葉に、ジュアンとルエムは押し潰される。10代後半の姿をした彼ら二人には、男性の言葉は鋭い刃となり、二人の心に傷を作っていた。
「お前たちは、『完璧な道具』に過ぎない。人間の様な感情は要らない…。お前たちは自分が『魔物』だと分かっていないようだな?」
「いえ…ちがッ!」
「黙れ! 道具の分際で口答えをするな! 貴様らは『道具』だ。分かるか?ジュアン、ルエム。お前たちは『作れた魔物』であり、『ドゥラーク家の道具』。道具が自我や感情を持ってはいけない」
「ましてや、人間の場所に入ってはいけない。昔…そう言わなかったか?」
男性の冷たく鋭い視線がルエムとジュアンを突き刺す。怯えている二人の前に、男性は静かに屈み込んだ。
「お前たちは…禁忌の魔法を扱う、ドゥラーク家の成功例。分かるな?」
「はい、分かります……」
「はい、左様でございます……」
ジュアンとルエムの返事を聞いた男性は再度、彼らに問いかける。
「上げている手を下ろしなさい。ルエム、ジュアン。お前たちが何故、ここに呼ばれているか…分かっているな?」
男性の問いかけに、腕を下ろしたジュアンとルエムは口を開く。
だが、極度の恐怖によって、怯えきった彼らの目には光が入っていなかった。
「はい。僕たちは、道具であるのにも関わらず、人間の場所に入ったからです」
「はい。俺たちは、魔物であるのに関わらず、感情や自我を出したからです」
「良くできました」
そう言いながら笑顔で男性は、無表情になったジュアンとルエムの頭を撫でる。
「お前たちは、道具であり魔物。人間ではないのだ」
彼ら二人の頭を撫で終えた男性は立ち上がる。
「ルエム、ジュアン。動物の姿になりなさい」
男性に命令された二人の目がダークグリーンへと変わる。
ルエムの黒に近い灰色の瞳がダークグリーンへ。
ジュアンの黒い色の瞳がダークグリーンへ。
色の変化は瞬時だった。彼らの瞳孔は縦に細まり、人ならざる視界が冷たいコンクリートの床を捉える。
ルエムの体がまず、変化を始めた。
肉体が膨張したりすることはなく、体は滑らかに収縮していく。着ていた衣服だけがまるで、空気を失ったようにくしゃりと音を立てて、その場に取り残される。
代わりに白い体毛が全身を覆い、体は急速にウサギの体へと再構築されていった。
そこにはすでに人の姿はなく、一匹の敏捷なウサギが脱ぎ捨てられた服の隣で、命令通りにいつでも跳躍できる姿勢で控えていた。
続いて、ジュアンも無言で変身を遂げる。彼の体もしなやかに形を変え、人から四つ足の犬の姿へと変化した。衣服は変身の過程で形を保ったまま床に落ちる。
彼が変身した犬の体格は中型犬ほどで、毛並みは艶のある黒色だ。
数秒と経たない内に、そこには無感情な目を宿した二匹の獣だけが残った。
彼らはもはや人間としての面影も自我もなく、散乱した衣服を背に、ただ主人の次の命令を待つ『道具』へと成り果てていた。
二人がウサギと犬へ姿を変えたのを見届けた男性は、扉の前へと歩いていく。
「ルエム、ジュアン。私が『良い』と言うまで
二人にそう命令を下し、男性は扉を開ける。
男性が外へ出た後、鍵が閉まる音が部屋に響き渡った。
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