第30話 異国の祈りは鉄を呼ぶ
その後輩の事を「怖い」と思わなくなったのは、いつからだろうか。
合理主義が前提にある帝国において、留年や飛び級入学というのは珍しくない。
だが、年度の始まり等ではなく、技工士としてのレベルが既に完成されている、という理由で二年も先の編入は異例だった。
聞くと、あの伝説の技工士グラブ・アウラの直孫なのだという。
幼い頃から鉄火場に居れば、自然とそうなるのは頷けた。
その後輩の様子を見ても「天才」という訳ではなく、日々の努力と、純粋に導機兵が好きという動機でこの道を進んできたのが理解できた。
それを「才能」という人もいるだろうが、それは違う。
才能がある、すなわち「その分野の天才」という訳ではないのだから。
最初の印象は「暗い女子」だった。
誰とも関わろうともせず、ひたすらに未知を必死に追いかけているだけ。
おそらく自分に、この道の才能が無いという事を理解していたのだろう。
盲目、あるいは妄信か。
それ以外に興味を示さず、整った顔立ちだとは思っていたが、巻き毛のぼさぼさした髪は不衛生にすら感じられた。
周囲からも浮いており、彼女自身も自覚しているようだった。
知っているであろう授業の内容も、知らない技術と同列に学ぶ姿勢に、鬼気迫るものを覚え、存在自体が異質あった。
居るだけで全体の空気が張り詰める存在。
その為、同じクラスになったとはいえ、気軽に声を掛けられる存在ではなかった。
彼女には兄がいた。
専攻が違う為、あまり学校で見かける事は少なかったが、一度見たら忘れない。
彼女のように整った顔立ちとさらさらと真っすぐな金髪。
何より明るい雰囲気は、男女問わず人を惹きつけるものがあり、自然と注目が集まっていたのを覚えている。
彼女が突然三か月近くも休校した事があった。
先生も何も言わず。けれど誰もが察していた。
何かの犯罪に巻き込まれたのだという事に。
当時、隣国との国境問題が多発しており、旅行者が行方不明になる等の事件が連日ラヂオを騒がせていた。
戦争を回避できたのは、外務省の成果の賜物なのだと今でも思っている。
とはいえ、復帰後の彼女は本当に別人だった。
不衛生に感じた髪は、ヘアアイロンで綺麗に真っすぐに。
明るい笑顔。はきはきとした声。
同時に姿を見せなくなった兄と面影が重なる。
誰もが理解して、誰も口に出さなかった。
揶揄する声もあったが、しばらくして同級生を殴る事件を起こして以降、面白半分に触れようとする者はいなくなっていた。
「――先輩」
初めて声を掛けられて、心臓が止まった気分だった。
振り返ると明るい笑顔で、俺を見つめる後輩。
「先輩は、ホムンクルスに魂ってあると思いますか?」
意外な質問で困惑した。
学校も、師匠も、ホムンクルスは道具として扱う事を前提に話をしており、周囲もそうだという風潮だった。
以前とは違う明るい笑顔で俺の答えを待つ後輩。
「私、技工士のフェルディアンが好きなんですよ!」
なるほど、と得心する。
今月の月刊誌のインタビュー記事を指している事は明白だった。
皇族でありながら、技工士となった偶像的な存在。
意外とミーハーなところもあるのだと思った。
どこからか、俺がホムンクルス育成論にヨガの思考を取り入れているのを聞いたのだろう。
そこから段々と打ち解けていき、卒業まで互いを研磨し合う存在となった。
彼女の名はリーシャ・アウラ。
最近活躍が目覚ましく、新しいホムンクルスの「ハル」は、スラジュナのそれに通じるものがあった。
いや、それこそが俺の理想とする、ホムンクルスの育成論なのかもしれない。
意識が暗闇に閉じる最中、そんな事を考えていた。
7.7ミリの銃門の一清掃射が静寂を穿つようだった。
耳を劈く音、硝煙の臭い。土が削れ、薬莢が日を反射する。
野亜は自身が持つ9ミリの銃では軍用装甲を纏った兵器に役に立たないと焦りつつ、ほぼ素手で立ち向かうカシームを援護する。
銃を扱った事があるとはいえ、動いている相手に精密射撃などできる腕前ではない。
せいぜいカシームの動きを邪魔しない程度の牽制をする事しかできない。
対してカシームはどうだろう。
銃門を向けた時には既にその場にはおらず。
発砲する前に死角へと回っている。
そして、比較的装甲が薄い関節部分に、息子が落とした独特な形状の単剣「ジャマダハル」で抵抗をしている。
「……あの動きは確か」
対大型導機兵の戦術マニュアルに記載があった戦法。
読んだ時はこんなバカげた事を実践するのは、余程鍛錬を積んだ猛者か、真正のバカのどちらかだと鼻で笑った記憶がある。
だがそれを目の当たりにして、カシームの強さの根幹を確信する。
「ははっ。あいつらは鍛錬を積んだ、真正のバカシームだな……」
とはいえ、カシームの息もそろそろ上がり、限界が近い。
砲身も蓄積した熱で煙っている。
対して大型導機兵の左のマニュピレーターは、動きが止まったカシームを捕まえる事もできる。
背中の固定砲台も厄介だ。
砲身の中に搭載されている分を含めて五発の斬弾。
あれ一発で、この場が崩壊する。
それを使わない理由は明白だった。
野亜の捕縛。
それが、北方の狐が下した命令。
「……やはり、あいつらは気付いているのか。私が持つコレの事を」
ポケットに入れた長方形の黒いケースを、握りしめる。
機銃の弾が切れ、カシームが動いた。
この瞬間を待っていたと言わんばかりの踏み込みで、腹の可動部へ切り込む。
――それを、読み切っていた駆体が反応する。
機銃を斬り離し、同時に仕込んでいた大型ナイフが飛び出す。
完全に予想外の一手だった。
「ぬぅ!?」
カシームの困惑に、駆体の動力が一際大きく唸りを上げる。
頭上からの突き上げに足を取られた直後、導機兵の左手がカシームを突き飛ばした。
トラックに轢かれた衝撃で、家の壁に叩きつけられた。
「……カ、カシーム!?」
木材とレンガが砕け、埃がカシームの姿を隠した。
あの威力で叩きつけられれば、死亡が確定。
運よく生きていたとしても内蔵の損傷は免れない。
「くそっ……!」
柱から姿を現した野亜を捕捉した導機兵が笑うように動力の唸りを上げる。
一歩。導機兵の六脚が大地を踏む。
呼吸が荒くなる。
更に一歩、近づいてくる。
だめだ。自分はここで、捕まるわけにはいかない。
まだやるべき事が残っている。
それ以上に。
無関係だった親子を巻き込んでしまった後悔。
汗が頬を伝う。
大きな手が眼前に迫る。
「
無意識に、母国語が口から出た。
それを、風がかき消す。
黄銅の一閃が野亜の横を通り抜けた。
目の前で切り落ちるヴァルク級の左腕。
間をおいて、重い音が地面を揺らす。
困惑したヴァルク級が、跳躍するように距離を取る。
「あ、ああ……」
暗闇の中に、見えた光。
野亜の眼前に立つ四つ腕の導機兵が、カシームを抱えながら湾曲する剣と盾を構えていた。
日を受け輝く黄銅の駆体。
異国の祈りが、鉄の神を呼び覚ました。
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