第27話 最下層の技工士
「……ただいま」
力なく、リーシャが扉を開けて大型培養液の中の宗春に帰宅を告げた。
「遅かったな。何かあったのか?」
「……色々。死にかけた」
着替える力も無く、ベッドに倒れ込む。
結局帰ってきたのはあれから一日半も経過していた。
窓の外からは青白い光に橙が混じり、もうすぐ夕刻である事を告げる。
冬を控えた日は傾くのが早く、段々とせわしなく世の中が回っていく。
培養液も僅かに目減りしており、補充をしないといけない。
興味があるのか無いのか、宗春は相変わらず「そうか」としか言わない。
それが逆に安堵感を与えてくれて、いつもの枕の感触が重たい瞼を優しく包む。
培養液の泡がいつもより多い気がする。
「あれ? ひょっとして怒ってるの?」
「……何もできないのはやはり苦痛だ」
「ごめんって。死にかけたのは本当なんだよ」
事実を疲れた顔以外に証明する手立てはない。
だが、宗春の言い分も理解できる。
暇は劇薬。その通りだと思った。
「あんたが自由に動ける駆体を早めに組むから、それで許して」
「よろしく頼む」
重い身体をゆっくりと起こして、散らかった机を片付ける。
ふとジャケットから封書を取り出し、中から紙を取り出す。
「若獅子戦、か」
病室での一件を思い出す。
レイン。
まるで嵐のような女だった。
彼女の登場から退場まで、全てが中心に回っていたように感じる。
カッコいいと思えた半面、あの赤い瞳は思い出すだけで薄ら寒い。
「何だ、それは?」
「ああ、年末に行われる若獅子戦に選抜されたって書類」
散らかった机の整理を止めて書類に目を通す。
細かい規約に加え、数か所に判子を押す必要があるようで、面倒になり読むのを止めた。
「ほう?」
「デビューしてから三年以内の技工士の頂点を競う場だよ。……三回しかチャンスは無いんだ」
言葉の奥に、嬉しさの中に決意が籠る。
「なるほど」
「でも、本来なら、私一人じゃ届かない頂だった」
「白い駆体を仕上げたのは、……お前の実力だ」
まだ半人前以下だというのは自覚している。
相変わらずバオは、本当に良いタイミングで釘を刺すと、実感が沸いた。
そうだ。もっと強い相手と戦い続けなくてはと、疲れた身体に火が灯る。
「やろう! ハル。あんたの目的の為には、私がもっとレベルアップする必要がある」
「ああ。そして、俺は目的を遂げる為に、これからも死力を尽くそう」
培養管に近づき、拳を当てる。
自然と上がる口角。
ひやりと伝わるケースの冷たさ。
気付けば日は落ち、澄んだ夜空が窓から覗いていた。
帝国。その最下層域。
それは詰まるところ、帝都外周の農耕区域を指す。
遥か先まで続く田園地帯は、古く日夲という島国の人間が帝国領に根を下ろした際に何世代も掛けて必死に耕した結晶。
見渡す限りの稲穂は全て刈り取られ、冬を前に静かにその役目を終えていた。
最下層域下層区。
帝国の鉄道すら及ばぬ、トヤットと呼ばれる地域の朝は早い。
日が昇る前に家からは僅かな明かりが漏れ始める。
夜の冷たい風が吹き、豚や鶏といった家畜の鳴き声が響きだす。
家の戸が開き、一人の青年がバケツを片手に姿を現す。
頭を覗かせる朝日に、手を合わせ一礼。
冬を目の前にした空気が、青年の口から白く流れた。
シャラク・トヤット。
帝国に根付いた日夲人の母と、東の天竺国の父を持つハーフ。
特徴的な浅黒い肌と、流れるような黒い髪をきつく結い、家畜小屋へと霜が降りる土を鳴らしていった。
体を預けるように、重々しい扉を開いた。
そこで何か違う空気を感じた。
普段であれば、開けた音に気付いた鶏たちが騒ぎ立てるところだが、いつもよりも静かに感じた。
異変を感じて慎重に周囲を見回す。
「――ん? 誰か居るのか?」
鶏たちが人影を囲むように倒れている人影を発見した。
バケツを置き、人影へと走り寄る。
「やっぱり、人か……」
しゃがみ込み、様子を伺う。
年齢は同じくらいか少し上だろうか。
丸い眼鏡をかけた女だった。
きめ細かい白灰色の髪は土と羽毛にまみれて見る影もない。
「……息はしているな。寝ているのか。でも何で……?」
侵入経路は、間違いなくあの扉だろうと、扉の方向を見る。
その瞬間、目を覚ました女の手刀がシャラクの頬を掠める。
咄嗟に距離を取り、腰を低く構えると、家畜たちが一斉に騒ぎ出した。
女も同時に右の手のひらをこちら向けるような構えを取る。
「誰だ!」
シャラクに向かい、最大の警戒をする。
「それは、こちらの台詞ですよ。俺はこの家畜小屋の、農家のせがれです。貴方は?」
いぶかし気な顔でシャラクを睨む。
左手を揺らして、何かを取り出そうとしているのが見えた。
「探し物はこれですか?」
シャラクの手には小さく平らな小刀が握られていた。
光を反射しない研ぎ方をしており、僅かな染みが見える。
おそらくは暗殺用。
それを扱うこの女も、そういう訓練を受けている事が予想された。
「農家のせがれにしては、手慣れているな」
「父から武術の教えを受けているだけです。でも貴方は」
シャラクの言葉を待たずに腰のベルトを解き、手首を返すと剣へと姿を変えた。
足の踏み込み、あっという間に距離を詰める。
明確な殺意を前に冷静に攻撃を見切った。
右手に掴んだ藁をシャラクの眼前でばらまき、視界を制限。
それを咄嗟に後方へと跳ねるように距離を取り、視界を確保する。
近くのスコップに手を伸ばし、横薙ぎの剣を受け止めた。
「その動きは春華の暗殺術ですか?」
「答える義理はない!」
女が身体を捻り、長い脚でシャラクを蹴る。
シャラクは足を開脚し、視界を低くする。
「なっ!?」
腕、身体、足へと回転の力を伝わらせ、華が咲くような体術で牽制した。
予想外の動きに怯んだ隙。
そこに先ほどかすめ取った平たい小刀を投げつけ、体制を崩す。
驚異的な体幹で持ち直し、シャラクを見る。
だが、そこにシャラクは既におらず――。
身体が反転し、あっという間に腕と頭を押さえつけられる形となった。
寒い空気の中大粒の汗を掻き、肩で呼吸する女とは対照的に、シャラクの呼吸は一切乱れていなかった。
「ふぅ。さて、もう一度伺いますよ。貴方は誰ですか?」
シャラクの白い息が冷たい空気に溶け、家畜たちの騒ぎ声が戻ってきた気がした。
呼吸すら許されぬ一瞬の出来事。
圧倒的な体術で制圧され、女の身体から力が抜ける。
女の手から藁の残りがふわりと舞い落ちた。
「何事だ、シャラク……?」
「父さん」
気付くと女のすぐそばに父と呼ばれた男が立っていた。
音も気配すら感じさせない、息子以上の手練れ。
そう思い、歯を食いしばりながら、ため息をつく。
剣を握る手が緩み、鈍い金属音が小さく響く。
「……分かった。降参する。」
「俺はシャラクと言います。こっちは、父のカシーム」
カシームと呼ばれた褐色の髭面の男が右手を胸に当て、礼をする。
「私は……。私は野亜」
シャラクの力が抜ける。
その隙を、野亜と名乗った女が――。
「止めた方がいい。……私は息子ほど甘くはない」
ぴたりと額に付けられた人差し指。
そこから伝わる絶望的な力量。
そして、鋼のような殺意。
再び野亜から白い息が零れる。
「シャラク。家畜に早く餌を。そして私たちも食事をしよう」
「はい、父さん」
抵抗は無駄。そう悟った野亜が両手を上げて、しゃがみ込む。
一羽の鶏が野亜の顔をのぞき込む。
「……何がそんなに面白いの? コケコッコー」
「野亜さん」
「何でしょうか?」
小屋の奥にいるシャラクの声に、力なく答える。
「鶏卵のアレルギーは、無いでしょうか?」
「え? ……あ、はい」
小さな網籠に数個の卵を抱えたシャラクが屈託のない笑みを浮かべていた。
とりあえずの食事。そして温かい場所の確保はできそうだ。
少し緊張が解けると、腹の虫が小さく欠伸をして少しだけ顔を赤らめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます