第23話 奈落の華
薄暗い通路を通り、執着地点にたどり着く。
僅かな風がコートを揺らす。
既に扉の奥から感じる熱と欲望が、鉄の身体を通して、ちっぽけな本体に伝わる。
培養液の振動か、あるいは本体の鼓動か。
まるで初陣のような、武者震いのような感覚。
思えば、リーシャに悪い事をしたと、今更ながらに後悔した。
初めて話をした日。
置かれた状況を掴み切れなかったとは言え、殺気を丸出しで怖い思いをさせてしまった。
大人気ないとは思っていた。
自分で「復讐」という言葉は口にしていないが、そう思わせる雰囲気が伝わっていたのだろう。
思えばリーシャはよくやってくれたと思う。
何日も徹夜をし、最後の最後まで、霊を尽くしてくれた。
この駆体を仕上げる為に、全てを注いでくれた。
ならば、今。
あの時の約束を、果たそう。
内に宿る精神は、既に別。
「……俺が斬るしかない。復讐などではなく」
一息をつき、呼吸を決意に変える。
転生した新たな身体は、自分ひとりでは何もできない。
あの娘の協力が必要だ。
目的は、決まった。
「――往くぞ。あの夜を終わらせるために」
始まりを歩み出す覚悟。
開幕の合図と共に、広大な闘技場の扉が開いた。
雨のように降り注ぐ闘技場の光が白い駆体を照らす。
既に渦を巻く灼熱の歓声。
ライトニング二式が、会場に現れた。
一瞬、歓声が途切れる。
次の瞬間、ざわめきが波のように広がる。
それもそのはず。
今までのリーシャの駆体編成から大きく逸脱した志向に、困惑の念が大きくなる。
腰に差した二振りの刀という選択も今までに無かった。
青く光る単眼のフェイスに唖然とする者もいた。
沈黙と混乱を飲み込むように、どこかで誰かが叫ぶ。
どよめきの中から威勢の良い声が再び歓声の波を引き起こす。
以前とは決定的に違う空気を感じる。
リーシャへの野次が無い。
観客の幾人かが気付き、互いに視線を交わす。
「……ほう」
宗春が周囲を見回し、小さく呟く。
眼前に広がるのは地平の如き鉄床ではなく、いくつもの岩がそびえる異形の戦場。
だが、自分でも驚くほど、心と機工は静まっていた。
動力の回転も安定している。
アクチュエータも、自身の動揺が伝わっている感覚はない。
だが、戦場から感じるどうしようもない違和感がぬぐえない。
よく見ると、大きな岩に透明な線が天井に伸びている。
何か仕掛けがあると直感が告げる。
「面白い……」
もし生身であるならば、先ほどのリーシャのように、不敵に口角を吊り上げるのだろう。
この場に立ってからずっと、培養液越しにチリ付く感覚を感じていた。
おそらく魔神か、あるいは手の者が近くに居る。
静かな駆動音が一段、深く鳴った。
再び歓声が上がる。
山のように重なる岩々により視界が阻まれるも、コレットの導機兵とやらが入場した事が理解できた。
ダチョウ。
リーシャから聞いた足の大きな飛べない鳥。
首が長いという、おおざっぱな説明だったが。
闘技場の大型モニターに、その姿が映し出される。
「……なるほど。これは確かに面妖な」
首の長い鉄の鳥。アヴァランチ。
その胸部から見える二対の小型ファンジェットを低く唸らせ、鉄床を踏み鳴らしながら、狩りの刻の合図を待つ。
「リーシャの戦の心情は、確か……」
ふと出た言葉で、戦いの方針を決める。
動力をアイドリングから、本回転へ切り替える。
次第に上がっていく回転数と共に闘志が沸き上がるように感じた。
試合開始を告げる力強い鐘が闘技場全体に響き、怒号が爆発する。
刀を鳴らし、流れる動作で左半身を縦に構える。
単眼から引く、燃える青。
「我は、戌走り流 ハル。……参る!」
その言葉と共に、鉄の怪鳥のかぎ爪が鉄床を蹴る。
桁違いの初速。
二対の小型ファンジェットから聞こえる鳥の地啼き。
広大な戦場を瞬く間に駆け抜ける。
迫りくるその軌跡を視界に捉えながら、冷静に一度抜いた刀を鞘へと納める。
ざわつく観衆をよそに、柄に人差し指を乗せた。
闘技場の壁を足掛かりにして、更に加速し、跳躍。
弾丸のような速度となったアヴァランチを迎え討つ。
瞬きすら許されぬ、刹那。
圧倒的質量の突進で、開始早々大きな轟音と土煙がそびえ立つ。
闘技場全体に走る激震が、その威力を物語っていた。
静寂。
ゆっくりと晴れる土煙の中で、黒い刀の煌めきが遅れて空を裂く。
断空が、客席に届く頃、
「……戌走り流抜刀術
鉄の塊が床を叩きつける音が鈍く響いた。
土煙が晴れる。
アヴァランチの首が、胴から分かたれていた。
今日一番の熱狂が闘技場全体に轟き渡る。
一撃、必殺。
誰もがその目に、極められた技の真骨頂を焼き付けた瞬間だった。
首は切り落とした。だが、気配が死んでいない。
警戒した宗春が跳ねるように距離を取る。
その予感通り、首の無い怪鳥がゆっくりと体制を立て直す。
瞬間、鉄床の下で巨大な歯車が回り出した。
鈍い響きが伝わり、それが目を覚ます。
崩れる足場。透明なワイヤーにけん引され、持ち上がっていく岩。
鬱積した空気が持ち上がり、宗春のコートを揺らす。
「……これは?」
底見えぬ奈落。
上がっていく床ではアヴァランチが奇怪な音を立てながら、変形をしていた。
「なるほど。……異国のダチョウとは、このような生態なのだな」
蓮が咲くようだった。
そこには大きなかぎ爪をこちらに向け、稼働する六本のワイヤーアンカーを自在に操る異形が、産声を上げていた。
「――何だ、あれ!?」
リーシャの困惑が控室に響く。
今まで何度か第四会場で戦ったが、こんなカラクリは聞いた事がない。
それよりもあの、アヴァランチだ。
まるでこの奈落の仕掛けを、事前に知っていたかのような機工を有している。
親指の爪を噛み、モニターを睨む。
自分も客席へ行き、何か指示を出した方がよいか。
だが、それは規約違反だ。
軋む歯が止まる。
ここは、宗春を信じるべきだろう。
事実として、駆体に動揺は見られない。むしろ楽しそうな雰囲気すら感じる。
ライトニング二式に対して、やれる事は全てやりきった。
ならば、自分は信じて待つだけだ。
宗春という武人を。古の戦士を。
ざわついた心に凪が打つ。
「……やれよ、ハル。絶対生きて帰ってこい」
手の汗を握りしめ、先ほどとは違う気持ちでモニターを見直す。
さざ波を壊す音がした。
滲む、黒い気配。
入口を見ると、亜麻色の髪の女が立っていた。
「……コレット」
だが、様子がおかしい。
以前観た綺麗な髪は、手入れされておらず、瞳は虚ろ。
目の下には隈が、何かに憑りつかれたような空気を纏う。
「……何の用だ?」
得体の知れない様子に、思わず語尾が強める。
警戒し、後ずさりしながら、距離を取る。
「……あなた、婚礼の墓標って絵画、見た事は?」
「は?」
顔に掛かった髪を無造作にかき上げ、リーシャを嘲る。
「不勉強ね。……教養の差かしら」
「何が、言いたい?」
「あの絵はね。結婚式という舞台を切り取って、虚栄を墓標としているの」
乾いた笑いが、静かに染み渡る。
背後から大きなレンチが、コレットの背後から覗く。
「不思議よね。絵は語らないのに、見る人それぞれで世界が変わる」
「……試合の行く末は、気にならないのか」
距離を保ちながら、脱出経路を確保しようとするが、コレットの視線がそれを遮る。
「どっちだっていいのよ、もう。勝とうが、負けようが。どっちでもね」
コレットが大きなレンチをリーシャに投げつける。
咄嗟に身を丸め、鉄の塊を避けるも、左の頬に切っ先がぶつかった。
「……赤を、流しなさい」
その言葉に息が止まる。
宗春の時にも感じた殺意に、身体が反応。
近くの椅子をコレットにぶつける。
それを二本目のレンチで叩き割り、絶叫を上げた。
リーシャの汗と、コレットの涙が交錯する。
誰からも見られる事の無かった奈落の華。
まるで存在を知らしめるようにと、高らかに手を掲げた。
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