第21話 罠

 ――何時いつの頃だったか。

 闘技場の戦闘における流れが変わったのは。


 黎明期はリーシャの祖父の時代から続く、導機兵同士の地に足を付けた殴り合いだった。

 その後、技巧派と呼ばれる、様々な手段やパフォーマンスで相手や観客の度肝を抜く戦法での戦いへと流れ。

 今、現在は『速さこそ力』と言わんばかりの圧倒的な速度で、相手を翻弄し、隙を突いて倒す事が主流となっていた。

 まるで時代に付いていけない遅れ者たちを、存在ごと置き去りにするように。

 ルールの変化にも対応できない者も、その波に抗えなかった。

 飛び道具禁止から、射程の短いものは認められるようになり、導機兵に人さながらの戦いに価値を見出していた技工士たちは、引退を余儀なくされていった。

 去った者が一様に口にする、「効率を追い求めるほどに、戦いから「想い」はそぎ落とされていった」という言葉を、嘲笑する者もいた。

 「コレット・ノーア」。

 リーシャ含む、現在における若手、重量級の筆頭。

 彼女が駆る導機兵「レックタイラント」はまさに、その時代を象徴するかのような構成だった。

 ダチョウを思わせる異形型の駆体。

 圧倒的なスピードで相手を翻弄し、

 自在に動く長い射程の有線式の二対のクローで戦力を削りながら、圧倒的な質量と化した本体での体当たり。


 試合終了のゴングが鳴り響く。

 沸く歓声。

 紙吹雪のように舞う機券。

 鉄くずとなり果てた相手の駆体の一部を踏みつけ、光当たる闘技場の中心へ。

 美しい亜麻色の髪の女が手を上げ、観客に笑顔を振りまいていた。

 その視線の先に、見知った顔を見つけた。

 リーシャ・アウラ。

 かつてコレットの顔を拳で殴り飛ばし、鼻骨を骨折させた仇敵。


 ダサい帽子を深く被ったところで、お前の卑しい顔は隠せない。

 大方、研究の為の観戦といったところだろう。

 コレットが笑顔の奥で醜く嗤う。

 全てが徒労に消え、絶望の顔が目に浮かぶ。

 目の奥で、邪悪の歯車が速度を上げた。


「――という感じの相手だったよ」

 床に散らばる資料と観戦した感想を、兎雪とせつを整備しながら、宗春に伝える。

「その、ダチョウとは?」

「んぁ。そうだね。足が大きい飛べない鳥、みたいな。首も長いんだよ」

「ほう」

 あれから数日が経過し、音声から聞こえていた異音も消えていた。

 宗春に聞いたところ、やはり会話をしやすいように自分で調整していたようで、感覚としては椅子の高さや座布団の位置を調整するような感覚だったらしい。

 そんなに座り心地が悪いのかな、と聞き返したところ、「そんなところだ」と皮肉を言われた。

「さて、それじゃぁ、いくよ?」

 大型培養液から宗春をゆっくりと取り出し、管の中へ。

 手際よくカートリッジ組み込み、兎雪とせつの後頭部にある接続部へ。

「……――う? ムね――」

 暗転の後、次第に視界が開け、周囲の音声も段々と聞こえてきた。

「音声出力は、頭部の構造上、どうしても胸部になったけど、ま、私が聞き取りやすいから、いっか」

「聞こえる。大丈夫だ」

「そ。良かった。じゃあ、立ち上がってみて。……ゆっくりね」

「ああ」

 人間だった頃の感覚で、膝から慎重に立ち上がる。

 僅かに重く感じるが、概ね良好に思えた。

 次第に高くなる視界。

 首を回して周囲を見渡し、両手を軽く持ち上げ、可動域を確認した。

 眼下のリーシャが腰に手を当て、笑っているのが見えた。

「――いいね」

 リーシャの一言に気持ちが綻ぶ。

「取り敢えず、軽く慣らしで動いてみて」

「相分かった」


 宗春が腰を低く構え、床を擦るような足運びから、舞うような動きをする。

 兎雪とせつの装甲の美しさもあり、流麗な動きに思わず息を呑む。

「どう?」

「……可動域に問題はなさそうだ」

 リーシャがほっと胸を撫で下ろす。

「ライトニングから流用した、骨格フレームの一部を使っているから、仕様書よりも頑強だけど……」

「分かっている。話に聞いた、本体突進の直撃には……。リーシャ」

 ふと宗春が動きを止め、工房の玄関の方向を見る。

「何?」

「来客だ」

 リーシャが「え?」と反応するのと同時にインターホンのベルが鳴った。

「こんにちはぁ。……お久しぶりですぅ」

「ラオールさん!」

 夕刻前だというのにすでに真夜中。

 そんな雰囲気を纏ったラオールが黒地の服装で立っていた。


 ――上層域下層。

 上流階級しか足を踏み入れる事の無い場所の、見晴らしの良い高級レストランで二人の女が食事をしていた。

 コレットは眼下に見える中層や下層の街の明かりを忌々しい目で睨む。

「どうしたの? 食事が冷めちゃうわよ?」

 目の前の、薄紅色をした髪の女が笑いながら、上品に食事を続ける。

 一つ一つの所作が美しく、銀のフォークやナイフを扱う様は洗練されていた。

 対して自分はどうなのだろう。

 中層出身とは言え、所詮は中域の出。

 フォークやナイフよりも、箸を使った食事の方が多い人生だった。

 それを疑問と思ったのはいつの頃だったか。

 いや、その“生活が惨めだと思ったのは”が正しいのだろう。


「……失礼しました。リヴェラ様」

 薄紅色の髪をした女――リヴェラに向き直して食事を再開する。

 白地に僅かな金の模様がアクセントを利かせている皿の上に乗った牛ロースのコンフィ。

 丁寧に焼き上げられた肉に寄りかかるように添えられたアスパラ。

 調和を取るソースの配置。

 まるで皿の上が世界のような芸術品ようだった。

 その美しさを崩すのに、少し躊躇ためらわれたが、目の前の女は躊躇ちゅうちょする事なく世界にフォークを入れていた。

「……渡したホムンクルスの調整はどう?」

 リヴェラがナプキンで上品に口元を拭う。

「は、はい。順調で、……試合には間に合います」

「そう。ならよかった」

 薄紅の髪の向こうで青い瞳がほほ笑む。

「そ、それで、私が勝ったらスポンサーに付いてくれるというお話は……」

「もちろん。ちゃんと社内稟議しゃないりんぎも通っているから安心して」

 その言葉に胸を撫で下ろす。

 余程緊張していたのか、店の下層から聞こえるヴァイオリンがようやく聞こえてきた。

「ふふ……。まだ緊張していたの?」

「え、あ、そういう訳では、……ないのですが」

 リヴェラがグラスを細い指で摘まむように持ち上げ、角度を変えてスパークリングワインの泡の立ち上りを楽しむ。

「……貴方たちの学生時代の話」

 その一言に心臓を掴まれたような気がした。

「全て調べたわ。……中々激しい青春だったみたいね」

「あ、……いえ」

 生意気な下級生をからかって、リーシャに殴られた。

 その程度の記憶しかないが、どこまで把握されているのか伺い知れない。

「そんなに硬くならないで。別に非難してるわけじゃないの」

「――え?」

 その言葉に思わず顔を上げる。

「もし、貴方の心に、少しでもわだかまりがあるのなら……」

 リヴェラがグラスをゆっくりとずらし、コレットに視界を合わせる。

 その妖しい所作に、喉を鳴らす。

「清算、しないとね。――貴方のこれからの為、に」

 美しく立ち上る泡の向こう。

 青い瞳に魅入られた気がした。

 拒絶など、当然持ち合わせるわけもなく。

 後ろに控えていた黒服がコレットに封書を差し出す。

「……勝てば官軍、負ければ賊軍」

「え?」

 意味深な言葉を残し、封書を受け取った。

 許可を取り、リヴェラの前で目を通す。

「これって……」

 そこには次の試合の「仕様書」と、白鹿工房の内部事情を記した文章が添えられていた。

「必ず勝ちなさい」

 リヴェラの青い眼が囁くように告げる。

 ――期待している。

 その言葉に頷くしか、答えを持ち合わせていなかった。

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