第7話 傷痕
帝国の住民の食事に欠かせないタンパク源として、とある生物の肉が挙げられる。
その味は淡泊で、煮ても焼いても味が馴染む。
革は安価にして丈夫、職人の前掛けや熱遮断手袋にまで利用されている。
牛や豚などの肉が高級となっている下層の町で、鶏肉についで手に入りやすいものとなっている。
その名を「ゾムリス」。
「ゾムリス体」と呼ばれる、本来エーテリスを発電する為のホムンクルスが、発電する事なく、成長をした個体である。
廃棄予定の、「ホムンクルス突然変異体」と呼ばれた個体を試験的に育てた結果、取れる肉の量、安価な材料費に着目した「ゾムリス精肉社」が、生育方法を確立。
社名を商品名として売り出し、定着した。
ゾムリス体の成長した姿は、与えた餌に大きく左右される。
鶏肉や骨粉を多く与えれば羽毛のない鳥のような形に、豚の血肉を多く与えれば厚い皮膚を持つ獣じみた姿になる。
見た目は歪で気味が悪いが、肉の味は餌に準じて変化するため、「ゾム鶏」は淡白で食べやすく、「ゾム豚」は脂がのって人気がある。
ただし、餌を複合的に与えると不格好に育ち、臭みのある肉となるため、生産者は餌の配合に神経を尖らせていた。
とはいえ、最下層の劣悪な環境下においても問題なく育ち、新鮮で上質な肉を届ける事ができるようになった事から、帝国の食糧事情は飛躍的に解消した。
下層の市場では串焼きにして売られ、闘技場の歓声と煙に混じって庶民の腹を満たす。
無論、市場に出回り始めた当初は
現在も一部の年寄りは今でも気味悪がって口にしない者もいるが、リーシャ達の世代では本物の牛肉を食べた事のある機会はほとんど無いまでに、庶民の生活に浸透していた。
それはバオの家も例外ではなかった。
食卓に並ぶのは焼きたての黒パンと、例の肉が煮込まれた皿。
普段なら豪快に酒をあおりながら、平らげるバオも、今日だけは匙を動かすだけで口に運ぼうとしない。
「……お父さん、黙ってないで何か言ったら?」
娘の「ダリア」がパンをちぎりながら睨みつける。
赤毛の、天使のように可愛いらしい愛娘の顔を、この時ばかりは見る事が出来なかった。
「……言う事なんざねぇよ」
クルクルとスープをかき回す匙を見つめ、仏頂面のまま答える。
好物のビールは栓すら開いていない。
「あるでしょ!」
ダリアが机を叩き立ち上がる。
「友達の顔に傷をつけておいて、しょんぼりで終わり!? 子供じゃないんだから!」
「……いいよ、ダリア。これは……私の不注意だ」
リーシャが小さく口を開く。
「でも……。リーシャ凄く綺麗なのに。……治せる方法、闘技場の胴元さんから聞いたんでしょ? 皮膚移植すれば跡も残らないんだし!」
リーシャの左頬は、深い傷ではなかったものの、医者には「皮膚移植をしなければ一生残る」と告げられた。
ホムンクルスの培養技術を応用した皮膚移植は、現在では比較的安価に受けられる治療となっている。
それでも、娘とも孫とも見守ってきた胴元ルガードにとって、その診断は青天の霹靂。
診察室で言葉を失った彼は、その場で気を失ってしまったほどだった。
「リーシャ……」
垂れ目のふくよかな女性が、食卓に鈴の音のような柔らかな声を響かせる。
妻の「セラー」が静かに口を開く。
「どうしてそう思うか、理由を聞かせてくれる?」
その声は張りつめていた空気を少しだけ和らげる温もりを帯びていた。
だが、リーシャはその温もりに寄りかかる事をためらい、僅かに視線を逸らす。
セラーもそれに気付き、ただ穏やかな眼差しを向けていた。
「これは「罰」なんだ。私の力不足で、……カタストロを死なせた。私の罪。だから忘れないように」
「そんなのおかしい!」
ダリアが声を張り上げる。
「お父さんのいうように確かに事故だったかもしれない。それでリーシャのホムンクルスが死んで、悲しい気持ちになるのは分かる。でも、だからってそんな償い方間違ってる!」
「うるせぇ!!」
バオが食卓を揺らすように怒鳴り、机を叩く。
ビクリとするダリアと、横目で見るだけのリーシャ。
「俺もこいつも技工士なんだよ! プロなんだ! その判断にシロウトがいちいち口出しすんな!」
生まれて初めて父親から怒鳴られたダリアが、目に涙を浮かべ黙り込む。
そこには酒臭く、娘に甘いバオではなく、二十年以上鉄火場で戦ってきた技工士のバオが居た。
技工士の仕事は危険が付きまとう事は、ダリアも承知している。
バオの左首筋の切り傷の跡、机を叩いた右腕の大きな火傷の跡。
幼いころから、この傷一つ一つが勲章で、一つ重ねる事に技工士は成長すると聞かされてきた。
また、その傷がある事で己の失敗を振り返る事ができるという事も。
幼馴染のリーシャもその世界の住民である事を、頭では理解するも、未だに感情が追いつかない。
「大体、お前もホムンクルスが死んだくらいでなんだ!? あれは部品なんだ! 消耗品なんだよ!」
バオの怒声が響く。
「この先これで飯を食ってくのに、いちいちそんな反応をし続けるのか!? ああ!?」
リーシャは僅かに視線を下に向けた後、そのままいきり立つバオへと顔を向けた。
「……そんなつもりは無いさ。でも、まだ私は、ホムンクルスという生き物を部品として割り切れない」
「割り切るんだよ! そういう生き物なんだ! いちいち感情移入してたら、今度は導機兵に裏切られる事になるんだぞ!」
「分かってる。それでも、カタストロは、……私の、騎士だった」
「てめぇ……!」
一色、触発。
その空気を割るように、セラーがぱんぱんと手を叩き、緊張を霧散させる。
「お父さん、リーシャを心配する気持ちも分かるけど、まずは落ち着きましょう。ダリアも座って」
セラーの落ち着いた声に父娘が同時に溜息をつき、どうにか平常心を取り戻そうとする。
「リーシャ。あなたの気持ちは理解したわ。あなた自身が決めた事だから、もう私たちがとやかく言う事は無い。けど……」
優しい物言いにリーシャがセラーの目を見る。
「あなたは私たちの家族なんだから、困った事があったら、何でも相談してね。それだけは忘れないで」
「……はい。セラ母さん」
リーシャの一言にようやく緊張が解け食卓に彩りが戻ったような気がした。
「そういえば……」
ふいにダリアが口を開く。
その言葉にバオ以外の三人が注目する。
「あれ? 栓抜きはどこだ……?」
バオは好きなビールを開けようと栓抜きを探していた。
「お、あった、あった」
栓抜きを見つけ、手に取った時だった。
「……お父さん、リーシャにいい女に育ったから、一緒に飲みに行こうって話をしたんだって?」
その瞬間、バオの背中にぞくりと殺気が突き刺さった。
「え!? あ! お前!」
リーシャは小さく舌を出し、イタズラっぽく目をそらす。
「ねぇ、ほんとに何を考えているの!? 信じられないんだけど!」
「いや、ち、違う! そういう意味じゃ……」
慌てるバオの言葉を遮り、再びセラーがぱんぱんと手を叩く。
「お父さん、……その話、あ と で、詳しく、教えてもらおうかしらね」
「だっ、だから、誤解だ! そそ、そんなつもりじゃ……」
リーシャとダリアがお互いの顔を合わせて笑う。
その後、バオの泣きそうな声が町中に響き渡る事になるが、二人にとってはもう他人事だった。
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