SF社会史の時代区分

■ 概要


SF社会史の時代区分とは、単なる出版史の整理ではなく、「技術」「自由」「正義」「支配」「人間性」という5つの思想的軸を通して、人類が未来をどのように構想し、社会を自己観察の対象として描いてきたかを明らかにする試みである。


本稿では、SF社会史を8つの時代に区分する。それぞれの時代は、科学観・政治秩序・倫理意識・人間像の変化を映す思想的層として理解される。


※代表作については、SFの中でも社会批評性の高い作品を選定。

 例えば超有名だけど、スターウォーズは宇宙冒険譚の側面が強いので選外です。

 このラインナップでなんで無いの!?という作品があったら是非教えて下さい。



■ 1. 夢想萌芽期


・時期

 1820年代~1890年代


・代表作

 メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(1818)

 ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』(1864)『月世界旅行』(1865)

          『海底二万里』(1870)『征服者ロビュール』(1886)

 ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』(1886)

 エドガー・アラン・ポー『メロンタ・タウタ』(1849)


・社会的背景

 産業革命と啓蒙主義が交錯し、科学技術が理性の力として賛美された時代。

 蒸気機関と電力の発見が「人間が自然を制御する」という近代的理念を象徴した。


・思想的意義

 SFはこの時期、科学による創造と倫理的越境の物語として成立した。

 技術は理性の具現であると同時に、人間の傲慢と恐怖を映す鏡でもあり、

 のちの「人間性の再定義」の萌芽を孕んでいる。



■ 2. 科学浪漫期


・時期

 1890年代~1910年代


・代表作

 H.G.ウェルズ『タイム・マシン』(1895)『透明人間』(1897)『宇宙戦争』(1898)

 E.M.フォースター『機械が止まる日』(1909)


・社会的背景

 帝国主義の拡張と社会進化論の浸透により、科学が文明の階層化を正当化する道具となった。

 また、植民地的支配と機械化された社会秩序が同時に進行し、

 人間の自由と倫理は制度の影に隠れていった。


・思想的意義

 SFは進歩神話の背後に潜む「科学による支配と疎外」を描き出した。

 この時代、技術は文明の象徴であると同時に、社会的正義の危機を告げる警鐘として現れる。

 ウェルズの諸作は、未来社会を通して「自由と階層の不可分性」を暴露する。



■ 3. 科学的合理主義期


・時期

 1920年代~1940年代


・代表作

 カレル・チャペック『ロボット(R.U.R.)』(1920)

 フリッツ・ラング監督『メトロポリス』(1927)

 オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』(1930)『スターメイカー』(1937)

 ジョン・W・キャンベル編『アスタウンディング』誌(1937〜)


・社会的背景

 科学の大衆化と大量生産社会の進展。

 ラジオ、飛行機、原子物理学の発展が「合理的秩序としての技術文明」を現実のものとした。

 第二次世界大戦期には科学が戦争機械と結びつき、人間の倫理的制御が問われるようになる。


・思想的意義

 SFはこの時期、「合理的世界秩序」の夢と「統制された支配」の不安を同時に描いた。

 科学的合理主義は栄光の象徴であるとともに、非人間的制度の温床でもあった。

 ここに、「正義と支配」の二項対立が明確化する。



■ 4. 冷戦啓示期


・時期

 1950年代~1970年代


・代表作

 ジョージ・オーウェル『1984年』(1949)

 レイ・ブラッドベリ『華氏451度』(1953)

 アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』(1953)『都市と星』(1956)

            『2001年宇宙の旅』(1968)

 アイザック・アシモフ『われはロボット』(1950)

 ロバート・A・ハインライン『夏への扉』(1956)

 スタニスワフ・レム『ソラリス』(1961)  

 アンソニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』(1962)

 フィリップ・K・ディック『追憶売ります』(1966)

             『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)

 アーシュラ・K・ル=グウィン『所有せざる人々』(1974)

 ストルガツキー兄弟『路傍のピクニック』(1972)


・社会的背景

 冷戦構造、宇宙開発競争、核抑止の論理。技術は政治と倫理の交差点となり、

 「科学=管理」「自由=監視」の図式が現実化する。

 また東欧SFでは、体制批判と精神的自由の追求が独自の形で展開した。


・思想的意義

 SFはこの時期、現実批判の文学として成熟した。

 自由と支配、倫理と進歩、現実と幻想の境界が崩れ、技術が存在論的テーマとなる。

 人間性はもはや理性ではなく、選択と記憶の脆弱な構造として描かれる。



■ 5. 情報意識期


・時期

 1980年代~1990年代後半


・代表作

 リドリー・スコット監督『ブレードランナー』(1982)

 デイヴィッド・クローネンバーグ『ヴィデオドローム』(1983)

 ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(1984)

 グレッグ・コスティキャン『パラノイア』(1984)

 ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』(1986)

 士郎正宗『攻殻機動隊』(1991)

 ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』(1992)

 筒井康隆『パプリカ』(1993)

 ロイス・ローリー『ザ・ギバー 記憶を伝える者』(1993)

 グレッグ・イーガン『順列都市』(1994)『ディアスポラ』(1997)

 アンドリュー・ニコル『ガタカ』(1997)

 中村隆太郎監督『Serial experiments lain』(1998)

 ウォシャウスキー兄弟(当時)『マトリックス』(1999)


・社会的背景

 パーソナルコンピュータ、インターネット、サイバースペースの登場によって、

 情報が現実の構造そのものを形成する時代が到来した。

 身体と精神、自由と監視の境界が曖昧化し、

 社会はデータとコードによって管理される新しい権力構造を帯び始める。


・思想的意義

 SFは「現実と仮想の境界」をめぐる哲学的実験場となった。

 支配はネットワーク的・分散的構造に変わり、正義は情報の平等性として問われる。

 人間性はもはや身体に限定されず、情報的存在として拡張される。

 ここに「技術=存在の環境」という概念が定着する。



■ 6. 環境危機期


・時期

 1990年代後半~2010年代前半


・代表作

 フィリップ・リーヴ『移動都市』(2001)

 マーガレット・アトウッド『オリックスとクレイク』(2003)

 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(2005)

 劉慈欣『三体』(2008)

 伊藤計劃『ハーモニー』(2008)

 パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』(2009)

 ジェームズ・キャメロン監督『アバター』(2009)

 クリストファー・ノーラン 監督『インセプション』(2010)

 塩谷直義 監督『PSYCHO-PASS サイコパス』(2012)


・社会的背景

 地球温暖化、遺伝子改変、バイオテクノロジーの発達により、

 科学技術は生態系そのものを変容させる現実的力となった。

 国家や個人の枠を超えた「地球的正義」や「生命の倫理」がSFの中心課題となる。


・思想的意義

 SFはこの時期、環境倫理とポスト人類中心主義の交差点に立つ。

 正義は「共生」と「持続可能性」の理念として再定義され、

 支配はもはや政治的ではなく、生態的・資本的ネットワークのかたちをとる。

 人間性は「個体」ではなく「種」としての存在意義を問われるようになる。



■ 7. ポストヒューマン期


・時期

 2010年代中盤~2010年代終盤


・代表作

 スパイク・ジョーンズ『HER』(2013)

 アレックス・ガーランド『エクス・マキナ』(2014)

 ジョナサン・ノーラン『ウエストワールド』(2016–)

 村田沙耶香『生命式』(2019)


・社会的背景

 AI、神経科学、ビッグデータ、拡張現実の発展により、

 意識・身体・アイデンティティが情報的連続体として再構築される。

 「人間とは何か」という問いが、かつてない哲学的深度で問い直された。


・思想的意義

 自由はプログラムの内部に埋め込まれた選択として再定義され、

 正義は非人間的知性との共生を前提とする。

 技術はもはや道具ではなく、「人間を生成しなおすプロセス」として描かれる。

 SFはこの期に、存在論的な哲学と感情倫理学の融合領域に到達する。



■ 8. 機械知性期


・時期

 2020年代~


・代表作

 入江悠『AI崩壊』(2019)

 アン・リー『ジェミニマン』(2019)

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ『デューン/砂の惑星』(2021)

 ギャレス・エドワーズ『The Creator/クリエイター』(2023)

 クリストファー・マッカリー『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』(2023)

 

・社会的背景

 生成AI、量子情報、合成生物学などが知性の定義を拡張し、

 人間の創造性と機械的学習が共進化する時代に入った。

 知の主体が「人間」から「システム」へと移行しつつあり、

 社会は自己観察的ネットワークとして振る舞う。


・思想的意義

 SFはもはや未来を予見する文学ではなく、「現実の再構成実験」として機能する。

 支配はアルゴリズムの設計に潜み、正義はその透明性と責任の問題として表面化する。

 人間性は「思考する主体」から「創発する存在」へと変容し、

 SF社会史は社会思想史の最前線と接続する。



■ 締め


SF社会史の8区分は、科学技術史ではなく「倫理と想像力の発展史」として理解されるべきである。


19世紀の科学的夢想から21世紀の機械知性に至るまで、SFは常に社会の自己理解を拡張し、「未来を通じて現在を観察する思想装置」として機能してきた。


「技術」が世界を形成し、「自由」がその中での行為の可能性を拓き、「正義」が倫理的秩序を与え、「支配」が社会構造を規定し、そして「人間性」が全体を反省する鏡となる。


この5つの軸が変奏を重ねることで、SF社会史は人類の思想史のもう一つの表現として展開し続けている。

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