第3話 続・恋愛終了宣言

「どういう経緯で判明したんだよ」


 早くも「相原さん女装メイド事件」に食いついたカズが、不思議そうに尋ねる。


「俺が「ななちゃん」してたら、お嬢様としてご来店してさ」


 ななちゃん、というのは俺のメイド喫茶での名義。


 苗字が七瀬だから「ななちゃん」。センスの欠片もない安直なネーミングだ。


「相原さんは、メイドの正体がお前だって気づいてなかったん?」


 カズが首を傾げる。


「多分バレてない。俺はすぐキッチンに隠れたし、別の先輩メイドが対応してくれた」


 まあ、バレるも何も「ななちゃん」は金髪ツインテールにふりふりピンクのメイド服だ。フルメイクでお給仕しているから、その姿はもはや別人。


 クラスメイトがこんな化け方してるなんて、誰も想像できないだろう。


「で、閉店後、先輩に相談したんだ。“さっきのお客さん、俺のクラスメイトかも”って」


「うん。それで?」


「その曜日来るのは珍しかったけど、けっこう常連さんだよって」


 カズは「まじかよ……」と呟き、苦々しい笑みを浮かべた。


「まあ、それはショックだな」


「……うん」


「元気出せって」


 うん……。


 優しく笑うカズの声が、やけに遠く聞こえた。


「まあ、タクが落ち込むのもわかるよ。だって、あの相原さんだもんな」


 そう。あの相原さん。


 偏差値68の柏ヶ丘学院高校に首席入学し、所属する陸上部では表彰台の常連。


 誰ともつるまず、常に一人。


 “完璧”の二文字を絵に描いたような人。


 周りと群れない優等生というのは、確かに近づき難い。


 全然笑わないし、お高く纏まってるとか、周りを見下してるとか、カズ含め悪い印象を持っている人も多いようだ。


 でも、俺は相原さんの「一匹狼」感にとても惹かれていた。今思い返すと、俺は彼女を結構本気で好きだったみたいだ。


「ま、切り替えていこうぜ、タク。お前、顔良いんだから選び放題だろ?」


「そんなことねーよ」


「ツンツンしたガリ勉ちゃんより、絶対お前に合う人がいるって」


「相原さんはそこがかっこよかったのに……」


「未練を断ち切れ!女は星の数ほど居るんだぞ?他を探せよ、タク。ほら、杏奈ちゃんたちも、タクのこと可愛いって言ってたし」


「……可愛い、ねぇ」


 カズのフォローが余計に刺さる。


 姉のコピーみたいな顔で得してるのは「ななちゃん」のときだけ。


 リアルな恋じゃ、可愛いなんて、呪いみたいなもんだ。


 鏡に映る自分を思い出す。


 チビで細身で色白で、どう見ても女顔。


 可愛いと言われることがあっても、かっこいいと言われることはない。というか、今までの人生で一度もない。


 なんだか自分でも悲しくなってきた。



「お疲れ様でーす」


「お、ななちゃん。お疲れー」


 放課後。いつものようには〜もに〜♡はうすに出勤。


 平日の夕方はお客もまばらで、この時間のメイドは俺と凛ちゃん先輩だけ。


 キッチンには調理専門のバイトが二人。


 客ゼロ、従業員四人。相変わらず経営が不安になるメイドカフェである。


「あのさ、タクって高校生だよね?」


「そっすよ」


 一応勤務中にも関わらず、大学一年の凛ちゃん先輩が話しかけてくる。


「お前、テストとか大丈夫なん?シフト入りすぎじゃね?」


 俺は苦笑して、ツインテールの毛先をいじりながら答える。


「もう諦めてるんで問題ないっす。テストは来週なんですけど、どう頑張っても補講確定ですし」


「タクって柏ヶ丘でしょ?頭良いんじゃないの?」


 ぐさっ。心にナイフが刺さる。


「中学まではそこそこでしたけど、周りが強者すぎて落ちぶれました」


 自虐気味に笑う俺に、凛ちゃん先輩がケラケラ笑って肩をすくめる。


 そんな風にまったりしていたとき――カランコロン、と入店ベルが鳴った。


「いらっしゃいましたね。行ってきまーす」


 よーし、お給仕モードON。


 俺はぱっと立ち上がり、営業スマイルを整えてお決まりのセリフを口にする。


「お帰りなさいませ、お嬢さ――」


 ――が、言葉が途中で止まった。


 体が硬直する。隣の凛ちゃん先輩も、目を見開いたまま動かない。


 店内の空気が、一瞬で張り詰める。


 やって来たお嬢様は、ポニーテールを揺らして頬を赤らめる。


「ただいま♡」


 “お帰りなさいませ”に照れることなく、慣れた調子で返すその声。


 どう考えても、常連のそれ。


 俺は営業スマイルを保とうと、必死に口角を上げる。


「お、お席はこちらです……」


 レモンイエローの椅子を引く手が、かすかに震えていた。


 ――どうしよう。


 早くも、相原アスカ、2度目のご帰宅だった。

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