第10話
赤い魔物は隠れる事も無く、僕たちの目の前に立ちはだかる様に現れた。以前、湖で見た魔物とは様子が違う。きっと、邪気を吸収して進化しているのだろう。
「待っていたぞ」
まさか、魔物が人間の言葉を話せるなんて思わなかった。そして、魔物は僕ではなくホクトを見て言ったのだ。
「僕もお前を倒すこの日を待っていた。僕が怖くて姿を隠していたんだろう?」
ホクトは何を言っているんだろう? 挑発してどうするのだ? 確かに、この魔物が姿を隠していた理由は、まだ力が完全じゃなかったからだとしても、そんなこと言ったら、怒らせちゃうじゃないか。
「口の減らないところは、相変わらずだな」
ホクトは魔物と普通に会話をしている。まるで、旧友と出会ったかのようだ。
「今日こそ決着をつてやる。お前を倒すのは僕しかいない」
「ホクト、僕たちのこと忘れてない? 君は一人じゃない」
他の三人も同じ気持ちだということを、剣を構えて示した。
「お前の仲間か? 小僧が四人。それと、役立たずの神官ども。それで俺に勝てると思っているのか?」
魔物が笑っている。その笑い声はまるで、潮風が大きな岩の筒を通る、あのゴーゴーという音によく似ていた。
「笑ってられるのは今のうちだよ」
魔物の態度に我慢ならなくなって、僕はつい言ってしまった。
そんな中、僕たちのくだらない会話を無視して、神官たちはすでに配置を済ませ、戦いのゴングをいつ鳴らすのかと、待っているようだった。笑うのをやめた魔物が、恐ろしい目つきで僕を睨みつけると、背筋に寒気が走り身体が動かなくなった。こいつの力なのか? 声も出せない。まるで、ホラー映画でよくある金縛りのようだ。そんな僕の状態にホクトは気付いたらしい。
「奴の目を見るな。身体が動かなくなる」
そう言って彼は目を瞑った。まさか、目を瞑ったまま戦うつもりじゃないだろうか? 何か言おうかと思ったが、やっぱり声が出ない。他のみんなもホクトの指示に従い目を瞑った。首と目だけは動かせた僕はペンダントを見つめて、この状況をどうしようかと考えた。ペンダントには、本当に力が無いのだろうか? お願い、何とかして。無理と思いながらも、ペンダントにお願いしてみたが、やはり何も起こらなかった。魔物とホクトたちが、戦っている音はずっと続いた。ただこうして、ペンダントと睨めっこしているわけにはいかない。術、これは、魔物の術だ、ということは、神官たちの力を借りられないだろうか? 誰でもいい、神官の誰か、僕にかかっている術を解いて。心の声に誰が気付いてくれるだろうか? そう思ったとき、スッと、身体が軽くなった。動けるようになった僕は、すぐにそばにいた神官の後ろに隠れた。
「僕の言うことをよく聞いて、あの魔物は変わった術を使う。あの目を封じたいんだ。力を貸してくれないかな?」
神官は一言も喋らない。けれど、彼らならやってくれるはず。青白い炎は、一斉に消え、ホクトたちの、姿は見えなくなった。音だけが、彼らの存在を教えてくれている。じっと目を凝らし、次に何が起こるか待った。
青白い炎の柱が五本、前触れもなく現れた。それは、蛇のようにウネウネと、ホクトたちの周りを動き回った。そして、魔物の赤い体に巻きつき、するすると上の方へのぼっていった。魔物はそれを、振り払おうと、暴れまわった。しかし、それには実体がない。炎の蛇は、魔物の目を焼き尽くした。ギエー。なんとも、凄まじい叫びだろう。魔物は狂ったように暴れだした。神官の出す炎が消え、あたりはまた闇に包まれた。ただ僕に分かるのは、魔物の位置と、戦っている音だけだった。魔物もホクトたちも、周りが見えないというのは同じ条件。だが、力の差は歴然だ。神官たちはすでに力を使い果たしてしまったようだ。僕の隣では、弱弱しく横たわっている神官が一人。光、彼らには、いつも光が必要だった。神官の出す炎がなくても、僕が炎を作ればいいんだ。
「ゴウ。僕に炎をちょうだい」
落ちていた木の枝を数本集めて、上に掲げた。
「僕は大丈夫だから、剣をこちらへ向けて」
そう言うと、ゴウの火剣から炎が唸るように、僕めがけて飛んできた。ボウッと音がして、小さな『たいまつ』ができた。それを持って、数箇所に火をつけた。彼らの姿が見えてきた。ひどい状況だった。魔物もかなり傷だらけだったが、ホクトたちは生身の人間。深い傷を負っていた。地面には赤い血と、青い血が模様のように描いていた。
「魔物。僕が相手になる。かかってきなよ」
賭けだった。このままでは勝っても、こちらで死人が出る。僕の言葉に反応した魔物は、目が見えないとは、思えないほどの速さで突進してきた。ホクトは僕の意図に気付いたのか、魔物が彼に背中を向けた瞬間、後ろから剣で貫いた。目の前に迫っていた魔物の恐ろしい形相の上に、ホクトの凄まじいまでの気迫が覆いかぶさった。グエッ。口から、ベロンと舌が垂れ、よだれと、青い血が混ざって出てきた。
赤い魔物が地面にうつ伏せに倒れると、シューと黒い煙が出て行った。これもまたどこかへ流れていった。近くにはもう、魔物の邪気は感じられない。
「終わったのか?」
ゴウが片足を引きずりながら聞いた。
「もう終わりだよ。まだ、戦い足りないの?」
僕は皮肉っぽく笑って見せた。皆ひどい状態だが、誰も死んでいない事が嬉しかった。
しかし、本当にこれで終わりなのだろうか?
赤い魔物から出た邪気が空を流れて行くのを、僕は目で追ってその先を見つめた。
了
僕の戦士たち ☆白兎☆ @hakuto-i
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