第2話 材料は、どこに?

 小麦粉。水。塩。

 それが『うどん』に必要な三つのものらしい。


 ぼくらは、ステーションの資料庫に残された電子端末を使って調べた。ぼくの目の前で少女が画面をスクロールしていく。古びた教科書のようなページに、粉をこねる人間の姿が映っている。


「ねえ。これ、地球の景色だよね?」


「……そうだね」


 広大な畑に、金色の波のように広がる麦。

 それを鎌で刈り取る人間たち。

 重力のある世界で、風にそよぐ穂先。


 ──ぼくらのいる宇宙には、もうそんな風景は存在しない。


 風に揺れる麦の映像が、突然──途切れた。画面が一瞬、砂嵐のようにざらつき、それきりなにも映らなくなった。最近どうも、端末の調子が悪い。


「えーっと、それでさ。小麦粉って、麦から作るんだって」


 少女が真剣な顔で言う。


「でも、麦なんて見たことある?」


「ない」


「だよねー」


 沈黙。空調の音だけが、遠くで唸っている。

 レーションなら、保管庫に山ほどある。でも、レーションはただの栄養剤だ。ぼくらが欲しいのは、地球の味だ。人間らしい食事だ。


「でも……食料生産区画なら、ワンチャン──」


 少女が、テーブルを指でとんとん叩きながら言った。


「──水耕プラントに、植物が残ってるかも!」


「うん……探してみる価値は、あるね」


 うどんの材料探し。

 やることが決まると、なんだか胸が軽くなる。


「で、ほかには~、塩と水がいるんだって」


「水は大丈夫だよ。リサイクルシステムでいくらでも出るから」


「だめでしょ、料理用の“きれいな水”がいるんじゃない?」


「え……あー、そうなんだ」


 盲点だった。確かに殺菌や消毒を何度も繰り返されたカルキ臭い水じゃ、せっかくのうどんが台無しだ。


 少女は「よし!」とひとつ頷き、端末を閉じて立ち上がった。


「じゃあ、小麦から行こ! 麦を見つけたら、きっと気分が出る……気がする!」


 食べられるかどうかも分からないのに、少女は楽しそうだった。ぼくはその笑顔に引きずられるように、席を立つ。


 灰色の廊下を歩きながら、ふと思う。

 ここに人間が二人だけでなかったなら。

 誰か大人が生き残っていたなら。

 きっと「バカなことしてないでレーション食え」で終わった話だ。


 でも、今は違う。


 宇宙でうどんを作ろうとする二人組。


 それが、たぶん、ぼくらに残された、唯一の物語なのだ。

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